マイケル・ジャクソン バブルスと日本で過ごした最愛の日々 (2/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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マイケル・ジャクソン バブルスと日本で過ごした最愛の日々

マイケル・ジャクソン死後10年目の証言〈後編〉

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和田静香dot.
キング・オブ・ポップの名にふさわしいマイケル・ジャクソン。1987年の来日時 (c)朝日新聞社

キング・オブ・ポップの名にふさわしいマイケル・ジャクソン。1987年の来日時 (c)朝日新聞社

キャピタル東急ホテルのスイートトルームで。バブルスに注ぐマイケルの易しい眼差しが印象的だ(田中章さん提供)

キャピタル東急ホテルのスイートトルームで。バブルスに注ぐマイケルの易しい眼差しが印象的だ(田中章さん提供)

「マイケルにバブルスくんを抱っこしてあげてと勧められて抱っこした。マイケルはそういうときもとても丁寧な英語を使う」と田中さん(田中章さん提供)

「マイケルにバブルスくんを抱っこしてあげてと勧められて抱っこした。マイケルはそういうときもとても丁寧な英語を使う」と田中さん(田中章さん提供)

 しかしマイケルはオフの時間、部屋でペットたちと遊んでいたわけではない。来日中もクリエイティヴな活動を欠かさなかった。

「マイケルの部屋には聞いたところによるとレンタル料だけで1千万円の特注のペルシャ絨毯が敷かれていたんですけど、それは別にマイケル側からのオファーではなく、日本テレビの計らいでしょうが、事前に部屋を見せてもらったときに、その絨毯の上に1メートルちょっと四方ぐらいの特注の板が敷かれていました。1人部屋でダンス・レッスンをする用だとかで、これだけはマイケルが材質や大きさなど本人が指定したそうです。そこでダンス・レッスンを本当に汗びっしょりになってやっていたそうです」

 ステージで見せる華麗なダンスは毎日コツコツ積み重ねる、練習の賜物だったのだ。マイケルはツアー中もそれを欠かさなかった。

「さらに、ダンスだけじゃなく、レコーディングもしています。六本木の四明ビルにあった(注:現在は取り壊し)CBS・ソニーのスタジオで、確か『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』のビデオの頭のところ用です。映像にすると音が足りないってことで自らガヤ、つまりホーとかワウとか声を入れたいと言って、スタジオに行きました。その前にビデオの監督から国際電話が入って、そういう電話にも勿論マイケル本人が直接あれこれ答えるんですけど、『あのシーンは特にいいよ。君に頼んで良かったよ。でも、こうしたらもっとよくなるんだよね』とかホメながらも細かく駄目出しするのを横で聞いていました。マイケルは相手をホメて伸ばす男ですね(笑い)。それで、そのビデオ用の音声を録音したんです。スタジオの中からマイケル自ら、日本のエンジニアに向けて大きな手でキュー出し(人差し指と中指を揃えて下ろす)、1時間ぐらいやってましたね」

 スタジオに入るとマイケルは生き生きとし、また、その前に清水さんと一緒に寄った、当時六本木にあったCDショップ「WAVE」で買ってきたダイアナ・ロスのCDを喜んで開けていたとか。


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