広島カープに勝利し、ベンチ前で選手を出迎える原監督=2019年3月30日撮影 (c)朝日新聞社
広島カープに勝利し、ベンチ前で選手を出迎える原監督=2019年3月30日撮影 (c)朝日新聞社

 巨人・原辰徳監督のテンションが高い。取材記者を見つけると「いよっ! 元気にやってる!?」「球場に来るの遅いんじゃないの!?」と破顔のハイトーンで声をかけてくる。スポーツニュースのENG(カメラ)が回り出すと、待ってましたとばかりに決め表情を作り、カメラ目線でショートトークを繰り出す。

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 その辺のお笑い芸人より面白い。野球殿堂入りの風格をにじませていた頃に比べると大きな変化だ。とにかく元気なのだ。これは予想外に戦力の手応えを感じることから来る、自信と余裕だろうか。真相は違う。原は今年「目覚ましい」成果を残さないと短命政権で終わる恐れがあるからだ。

 巷間伝わる原監督の契約期間は3年だが、それは建前だ。フロントが求める契約維持の条件は想像以上に厳しい。巨人戦中継のゴールデンタイムの視聴率が一桁に低迷し、ドームの1試合の実質観客数が3万台に割り込めば単年で解雇もある。巨人ブランド回復の絶対使命の前には、リーグ優勝7回、日本一を3回達成した名監督の野球殿堂入りの勲章など役に立たない。なぜなら、球団トップは巨人軍の危機を救う次期監督は、松井秀喜以外ないと確信しているからだ。

 原は選手時代から長嶋茂雄を師と仰ぎ、敬愛した。2001年、東京ドームの監督室でミスターから「大巨人の指揮官はお前しかいない。頼んだぞ」と次期監督に指名された時、原は「ついに恩師が自分を偉大な野球人と認めてくれた」喜びと極度の緊張感で長嶋の前で男泣きしたものだ。原はこの稀代の天才に生涯ついて行こうと決めた。

 だが、約10年後に長嶋と国民栄誉賞をW受賞したのは38歳の松井だった。のちにその経緯は解明されるが、国民の大多数が違和感を覚えた「??ニュース」だった。

「え? なんでゴジなの……」

「しかも長嶋さんと一緒なの……」

 球団と総理官邸から極秘扱いで事前説明を受けた時の若大将の失意と驚きは、察するに余り有る。原は球団に疑念を感じただろう。

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巨人の誘いを固持し続ける松井だが…