良質のショーは2つの物語が同時進行する。1つは、ステージ上でくり広げられる色鮮やかな物語。もう1つは、ステージ上でパフォーマンスに刺激されて、観客が自分の心のスクリーンに描く物語。思い出の曲のイントロが響くと、その曲を聴いていたときの頑張っていた自分がよみがえる。二度と取り戻せない恋愛体験がよみがえる。1万人のアリーナならば、1万人分の新しい物語が生まれるのだ。

「ショーは1度出来上がり、パフォーマンスをしたら、もうそれを観た人たちのものです。だから、ステージ上のパフォーマンスを視覚的に見せるだけではなく、いかにオーディエンスのイマジネーションを刺激して、脳の中に映像を結んでもらうか――を常に意識して、構成を組み立て、曲を選び、パフォーマンスを考えています」(松任谷)

 ユーミン自身もこう語る。

「1987年の『ダイヤモンドダストが消えぬまに』のツアーのころから、ショーに対する私の意識がおぼろげながら変わってきました。ステージ上のパフォーマンスがオーディエンスの心に届いて、もっと脳内に画を描いてもらえないか、と。そして1988年、ピンクフロイドの来日公演を観て、自分がイメージしてきたことに確信が持てた。会場は日本武道館だったと思うけれど、衝撃的な体験でした。音楽と照明が一体化したステージで、私の心の中まで操作される気がしたほど。1990年の『天国のドア』ツアーのころには、リスナーやオーディエンスの脳内で物語を描けるショーをはっきりと意識してパフォーマンスをしていました。聴いた人が、その人自身の思い出と音楽をリンクさせて、そのショーがさらに思い出になっていくようなステージを」

 こうした2人の思いは、現実になっている。タイムマシンツアーのツアーパンフレットには、松任谷のアイディアで、夫妻のロング対談とともに、ユーミンのツアーを何度も観た人が体験を語っている。薬師丸ひろ子、北川悠仁(ゆず)、aiko、桃井かおり、小林麻美、林真理子、槇原敬之、横山剣(クレイジーケンバンド)、佐野史郎、北川悦吏子、ミッツ・マングローブ……など32人。市販されているどんな雑誌よりも豪華なメンバーだ。彼らはユーミンのコンサート体験と自らの人生を交差させた物語を生々しく語っている。

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薬師丸ひろ子は20歳のときに一度女優引退を決めていた。