「キャリアを重ねると調子のいいときも、よくないときもあります。実は10数年前、なかなか曲が生まれない時期がありました。なぜだろう? 自分に問いかけても、わかりませんでした。でも、必ず音楽のミューズが僕に微笑むときがくる。自分を信じました。いつ頃からか、また曲がどんどん生まれています。冷静にふり返ると、理由がわかりました。かつての僕のソングライティングはメロディ先行でした。でも、アルバム2013年の『ZOOEY』の頃からリリック、つまり言葉が先に浮かぶようになっています。これは僕のキャリアの中でも大きな変化です。そして、またどんどん曲が生まれ始めています」

 ソングライティングで言葉先行になり、音楽そのものも変わった。

「言葉を引き立てる演奏。言葉がリスナーに伝わるサウンドデザイン。それらをより大切に考えるようになりましたね。クルマを運転していると、ラジオから同業者の音楽が流れてきます。言葉が聴き取れないこともあります。あれっ、僕の耳が悪くなったのかな? 一瞬不安になります。でも、違いました。サウンドとリリックが乖離している音楽は、言葉が聴き取れないのです。言葉と演奏とサウンドデザインが1つになって聴き手に届けられる音楽。それが、僕の思う強力な音楽です」

 佐野が大切にしているその言葉、リリックはどのように生まれるのだろう?

「僕はあらたまって作詞の時間をつくるようなことはありません。日々生活する中で目の前に起きるさまざまな出来事に、言葉を与える。それが僕のソングライティングです。40年近くやっていると、多くの人には見えない景色が、僕には見えます。多くの人に聴こえない音が、僕には聴こえます。それを言葉にします。あるいは時を超えて見えた景色をスケッチして、言葉にして、メロディを与える。それが僕の音楽です。僕のソングライティングは映画作りに近いかもしれません。言葉と音から映像が見えることを大切にしているからです。2015年の『BLOOD MOON』というアルバムのラストナンバー、『東京スカイライン』は映画のエンドロールをイメージしました。走るクルマを俯瞰する映像を僕は思い描いた。映画のキャメラマンの目です。ソングライターが頭の中に映像を描ける音楽は、リスナーも映像を見てくれます。そして、リスナー自身の物語を思い描いてくれます」

 さて、セルフカヴァー『自由の岸辺』をリリースした佐野に訊きたいことがあった。リスナーの立場では、すべてのセルフカヴァーに魅力を感じるわけではない。好きな曲はオリジナルバージョンを聴きたい。サウンドとともに当時の自分自身の思い出も運んできてくれるからだ。ライヴで大好きな曲がオリジナルとは別のイントロで始まると、少なからず落胆する。そのことを作り手である佐野自身はどう考えているのだろう。

「自分がかつて書いた曲をアップデイトして今の時代に響かせたいという思いは、ソングライターの性です。でも、リスナーの気持ちは理解できます。リスナーをがっかりさせたくないと思っています。だからリアレンジしない曲、つくった僕自身もアンタッチャブルな曲はある。リスナーのノスタルジーと強く結びついている1980年代の『SOMEDAY』や『Rock & Roll Night』は、今も同じアレンジで聴いてもらっています」

 佐野元春は、何度目かのキャリアハイを迎えている。この5年の作品は常に質が高い。10月からのツアーが楽しみだ。
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神舘和典

神舘和典

1962年東京生まれ。音楽ライター。ジャズ、ロック、Jポップからクラシックまでクラシックまで膨大な数のアーティストをインタビューしてきた。『新書で入門ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)『25人の偉大なるジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。「文春トークライヴ」(文藝春秋)をはじめ音楽イベントのMCも行う。

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