コールド勝ち回避の「得点拒否」… 夏の甲子園、地方大会で起きた“奇妙な出来事” (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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コールド勝ち回避の「得点拒否」… 夏の甲子園、地方大会で起きた“奇妙な出来事”

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久保田龍雄dot.
1995年、夏の甲子園で優勝を果たして、インタビューに応える帝京の前田三夫監督  (c)朝日新聞社

1995年、夏の甲子園で優勝を果たして、インタビューに応える帝京の前田三夫監督  (c)朝日新聞社

 今年も各地で地方予選が始まり、夢の甲子園出場へ向け球児たちが熱い戦いを続けているが、懐かしい高校野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「思い出甲子園 真夏の高校野球B級ニュース事件簿」(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、夏の選手権大会の予選で起こった“B級ニュース”を振り返ってもらった。今回は「一体どうなってるの?編」だ。

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「ピッチャー、小形祐介君に代わりまして、小形祐介君!」。こんな場内アナウンスにスタンドがどよめいたのが、1994年の佐賀県大会3回戦、佐賀北vs唐津西。

 シード校の佐賀北に挑んだ唐津西は、0対3とリードされた3回から2年生の本格派左腕・小形祐介がリリーフ。4回を1安打無失点に抑える力投を見せた。

 そして、7回から3番手として同姓同名の3年生で右の軟投派・小形祐介がマウンドに上がった。冒頭のアナウンスはこの交代シーンで流れたものだ。ピッチャーが代わったはずなのに、同じ名前がアナウンスされたので、「間違えてるよ」と思った人もいたはずだ。

 実は、2人は初戦(2回戦)の唐津農戦でも揃って登板していたのだが、5回コールドの10対0と大勝したこの日は、5人の投手がめまぐるしく1イニングずつ交代で投げ、それぞれ2番手、5番手で登板したため、あまり話題にならなかった。

 ところが、この日は2番手、3番手の順番で登板したことから、同姓同名の別人による珍継投が実現した。

 3番手・小形はエースの意地を見せて7回を無失点に抑えたものの、8回2死からエラー絡みで3点を追加され、0対6で無念の敗戦。同姓同名の後輩に雪辱を託し、最後の夏を終えた。

 ちなみに当時の朝日新聞佐賀版では、個人テーブルは小形(3)、小形(2)と表記され、記事中も小形(三年)、小形(二年)と学年で区別されていた。

 同年の甲子園では、佐賀県代表の佐賀商が旋風を起こし、県勢初の日本一に輝いている。



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