芸人は日常的に「笑い」というごまかしがきかないジャンルで戦っている。ライブでネタを演じたりギャグを言ったりすると、観客の反応がその場でダイレクトに返ってくる。ウケれば問題はないが、スベればとてつもない苦痛を味わうことになる。音楽や演劇などほかのジャンルでは、これほど明暗がはっきりした評価が下されることはない。

 あのビートたけしでも、客前に出るときにはいまだに緊張するという。たった数十人の観客しかいないライブに出るときですら、出番前には緊張を強いられ、スベれば深く傷つくというのだ。たけしほどの地位にある人でも「ウケなくても平気」などと開き直ることはできない。笑いとはそれだけシビアなものなのだ。

 観客が一瞬ごとにはっきりした評価を下す世界が、芸人にとっての日常である。だから、芸人は作り手としての感覚が常に鍛えられている。そこで磨いた能力が文筆業でも生かされているのだろう。

 冒頭に挙げた4作はいずれも、作品の中に笑いどころが含まれてはいるが、決して笑わせることが主眼ではない。作品全体としての面白さがあることが前提で、ところどころに笑いが挟まっている。そのバランスが絶妙なのだ。

 エンターテインメント系の小説『月の炎』『蟻地獄』『トリガー』を出版しているインパルスの板倉俊之など、才能に溢れた書き手はお笑い界にまだまだたくさんいる。笑いというシビアな戦場を生き抜いてきた彼らの才能は、あらゆるジャンルのクリエイターを脅かす存在であり続けるだろう。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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