M―1グランプリで優勝したとろサーモン (c)朝日新聞社
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南海キャンディーズ (c)朝日新聞社
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オードリー (c)朝日新聞社
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 平昌五輪が盛り上がりを見せている。新聞やテレビなどでは主に日本人選手の活躍にスポットを当てた報道がなされている。どのメディアでも特に「メダル獲得」を期待する風潮が根強くあり、日本人選手がメダルを取れないと「メダル逃す」「がっかり」「残念」といった形で報じられることも多い。銀メダルを獲得した選手にすら「(金メダルが取れなくて)残念」という言葉がかけられることもある。

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 最近では、メダル獲得という結果だけにこだわる報道に対する反発の声も強い。そもそも、オリンピックの代表選手に選ばれるだけでも特別なことなのだ。メダルが獲得できなかったからといって、それをことさらにネガティブに評価するべきではないだろう。

 ただ、そうは言っても、メダルはメダル。代表選手たちは国を背負っているのだからということで、見ている人の中にもメダルという結果を強く求めている人もいる。

 また、実際、メダリストになれるかどうかで、そのアスリートの社会的な評価は大きく変わる。今まで注目されていなかったマイナー競技の選手が、メダルを取った途端に大きく報じられて、有名になったりすることもある。メダルにはそれだけの重みがあるのだ。

 一方、『M-1グランプリ』などのお笑いコンテストの世界では、見る人が結果にこだわる風潮はあるだろうか。こちらの世界でメダルにあたるのは「優勝」だろう。たしかに、お笑いコンテストでも「優勝しないと意味がない」という風潮はある。『M-1グランプリ』『キングオブコント』などの大きな大会では、数千組の芸人が予選に挑んでいて、決勝に上がれるのはわずか数組しかいない。決勝で力を出し切れずに下位に沈んでしまうと、「負けた」とか「面白くなかった」などと言われてしまいがちだ。

 だが、実際には、決勝に出るだけでもすごいことなのだ。例えば、4000組の芸人の中から決勝に出られるのが10組だとしたら、決勝で最下位に終わったとしても、その芸人は「ビリ」ではなく、「4000組中10位」という立派な成績を残しているのだ。ただ、予選はテレビで流されず、決勝だけがテレビで大々的に放送されることが多いため、なかなかそういうふうには見てもらえない。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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