
作家人生で初となる料理小説『エッグマン』を手がけた辻仁成さん。毎日キッチンに立ち続けた経験が物語の中に息づいている。料理のモットーは「手間と時間をたっぷりかけること」。それは、一人息子に愛情を伝えるためであり、自らが立ち直るためにすがった手段でもあった。辻さんが『エッグマン』で描きたかったこととは……。
――『エッグマン』は、辻さん初の料理小説です。
料理は大好きで学生時代からやってきたので、これまで書かずにいたのは自分でも盲点でした。卵を題材にしたのは、卵料理って世界中どこに行ってもあるし、どこの家でも冷蔵庫を開けるとだいたいあるし、何より安いし。それをとびきりおいしい料理にすることで大切な人を元気にする――。そんな物語を描こうと思いました。
実は、息子が卵がちょっと苦手。無理して食べる必要はないとも思ったんですが、でも、おいしい料理がたくさんあって、みんなも好きな食材は食べられた方がいい。そこで、卵料理の腕を磨くようになりました。
たとえば、エッグベネディクト。カリッと焼いたイングリッシュマフィンにポーチドエッグを乗せ、オランデーズソースをたっぷりかけていただきます。エッグベネディクトの「命」はオランデーズソース。オランダ生まれの卵とバターのソースで、熱の入れ方がちょっと難しい。ポーチドエッグも、崩れたりべしゃっとなったり。でも、コツさえつかめば意外と簡単です。うちのはすごくうまいですよ。自宅でおいしいエッグベネディクトができたときの喜びは格別。高い山だからこそ、登れたときに感動は大きいってもんです。もちろん小説にも登場します。
――この小説のために考案したオリジナルレシピもあるとか?
第一話に登場する「TKGホワイトオムライス」は新しく考えました。ふわふわのメレンゲにした白身を焼いた生地で、黄身を混ぜた卵かけごはんを包みます。生地の表面はカリッ、口に含むとふわっ、中のごはんがトロッ。さらにごはんの中には、ぜいたくに味付け半熟ゆで卵も入れて、卵のいろんな味、食感が楽しめる。息子からも「すごくおいしい。また作って!」と大好評でした。
よく息子と旅するのですが、このTKGホワイトオムライスはモンサンミッシェルで食べたオムレツがヒントになっています。卵を泡立てて焼いたフワッフワのオムレツで、確かにおいしいんだけど1つ50ユーロぐらいして。息子が「もう1つ食べたい」と言うから、「パパが家で作ってやる」って。材料は卵だけなので3ユーロもあれば作れちゃう。だから、旅先以外ではほとんど外食しません。うちで父ちゃんが作った方がおいしいし、安上がりだからね(笑)。
旅先で出会った料理を再現してみることはよくあります。その国の作り方と日本の作り方を合わせると、そこで新しいレシピが生まれる。工夫をすることでグンと幅が広がるんです。僕は時短は嫌いだけど、工夫は大好き。人生も同じです。ちょっと工夫をするだけで、「ひと味違う人生」を生きられる。