例えば、逮捕者の数を見てみる。高江が過熱していた16年後半の6カ月間は延べ19人。17年1月から8カ月余りの辺野古周辺でも、延べ19人の逮捕者が出ている。トラックに立ちはだかるなど罰金刑しかない道交法違反(禁止行為)まで使うようになり、微罪逮捕はむしろ加速している。

 高江から辺野古に続くむき出しの権力行使。そのさなかに飛び出した「日本語」発言は、琉球王国への侵略、沖縄戦、米軍占領下への置き去りと、連綿と続く差別の記憶をも呼び覚ました。私が勤める沖縄タイムスには、高齢男性が「バカにされている」と電話をかけてきた。応対した同僚によると、最後は涙声だったという。

●三位一体の壁

 辺野古の海上では、17年4月から埋め立て工事が始まった。政府は「もう海は破壊された」「後戻りができない段階に来た」と県民に思わせ、諦めさせることを狙っている。

 なぜか。県民が諦め、来年の名護市長選と知事選で新基地に反対する現職を交代させてくれないと、工事が完成しないからだ。埋め立て予定地に注ぐ川の水路変更には、名護市長の許可がいる。大規模工事に付き物の設計変更には、知事の許可がいる。

 現場は今、埋め立ての最初の一歩である護岸建設が100メートル伸びたところで停滞している。しかし、大半の全国メディアは4月の埋め立て開始セレモニーを撮って、辺野古から引き揚げてしまった。だから、サンゴの海を埋める無謀な工事の実態が本土には伝わらない。容認派が選挙で勝ち続けなければ進まない工事の不安定さ、その工事にすでに数千億円の税金が投じられている事実は、もっと伝わらない。

 政府の情報操作、メディアの不作為と並んでもう一つ、本土の関心を阻んでいるのはデマである。「日本語」発言があった同じ8月28日、同じ辺野古の現場で私は大学生と対話していて、彼がインターネットで仕入れたたくさんのデマを聞いた。「反対派は日当もらっているじゃないですか」「沖縄の新聞は中国の手先らしいですね」

 どちらも単純に事実ではない。ただ、こうしたデマが流通する理由はよく理解できる。基地反対運動は金目当て。県民が選挙で基地反対の民意を示し続けるのは、偏向新聞に洗脳された結果。そう思い込むことで、本土の人は沖縄のSOSを無視でき、しかも良心の呵責(かしゃく)を覚えずに済む。デマは免罪符の役割を果たしている。

 政府、メディア、世論が三位一体となって、本土と沖縄の間に高く厚い壁を築いている。沖縄の現場から、その壁の上を越えて、デマを寄せ付ける余地のない事実を投げていく。本土でそれを受け取ってくれる人が増えることを、切に願っている。(敬称略)

(沖縄タイムス記者・阿部岳)