初年度の2003年は309頭、2004年は342頭と年を追うごとに確認できる数が増え、2009年には746頭をも確認。10年間の総数は4879頭にもなった。さらに、調査によって移動距離も分かってきた。臨海部を中心に菊名や鶴見など内陸部までの7.8キロメートルにも及んでいるのである。

 京浜臨海部の緑地はきちんと整備されたものかというと、当初はかならずしもそうではなかった。撤去されたプラントの跡地に水がたまったような場所や、手入れされていない池も多かった。しかし調査によってそこにもトンボが来ていることが分かると、企業担当者の意識も変わっていった。

「もっとたくさんのトンボにきてほしい」と、トンボ池の設置や緑地の整備に取り組む企業が現れ始めたのである。

 ただ、緑地整備に社内の予算獲得はなかなか難しい。そこで出番となるのが行政(横浜市)だ。「京浜の森づくり」の特長は、企業・行政・市民・専門家の4者が協働している点で、緑地整備や改修に取り組む企業への助成金を市が用意し、その場所をどう手入れしていけば健全な緑地となり生物多様性が高まるか、アドバイスできる専門家を企業に紹介する。手入れなどが必要になるなら、ボランティアを行う市民団体ともつなぐ。こうした連携によって、緑地の環境が整備されてきた。

 ちなみにみどり税を活用する「横浜みどりアップ計画」の「地域みどりのまちづくり事業」となった第1号はキリンビール(株)である。キリンは早くから環境問題を意識しCSR、CSVに取り組んできた企業だが、トンボ調査は新たな認識を社内にもたらした。

「キリンの主力製品であるビールや紅茶飲料は、いずれも自然の恵みをもらってできあがっているものです。だから東北やスリランカなど原料産地の環境保全に目が向いていた部分もありましたが、トンボ調査を始め敷地内の緑化が進むことで、足元(生産拠点の工場)の自然にも生物多様性があり、これを守ることの重要さが社内に浸透したと思います」(トンボ調査の担当である総務広報担当の丹野優さん)。

 キリンは整備した緑地で自然観察会を開催するなど、敷地内を「開かれた緑地」としている。同様に、この調査に参加している企業(表参照)では、調査の結果を経て、多くが整備した緑地を市民に開放するようになった。

人がいない寂しい工業地帯ではなく、にぎわいのある豊かな地域への変化があった点は重要だ。

 飛び交うトンボを見ながら、フォーラム代表の吉田洋子さんは言う。
「トンボはドコまで飛ぶかフォーラムでは、水域と陸域をつなぐトンボのネットワークとともに、トンボによって企業や行政、市民、専門家がつながるという意味でのネットワークも意識しています。トンボを調査することを通じて京浜臨海部の自然と人がつながり、さらに緑地が増えることを期待しています」。
(島ライター 有川美紀子)

「トンボはドコまで飛ぶかフォーラム」の調査では、子ども含む一般が参加可能なものもある。9月24日(土)には横浜市鶴見区にある入船公園で開催予定。詳細は「トンボはドコまで飛ぶかフォーラム」で検索を。