「仕方ないから日雇いでずっと食いぶちを稼いどった。でも、毎日稼がんでも何とかなるもんやで。空き缶や雑誌拾うて売ったり。そんなこんなで気がついたらこの歳になってたゆう感じやな。なんぼも稼ぎにはならんけど。食うにはそんなに困ってへん」

 ホームレス生活も長いマサヨシさんを行政やホームレス問題を取り扱っているNPOも放ってはいない。時折、生活保護受給を申請しアパートの世話もしようとの声がかかる。

「生活保護ちゅうんは、国に日和るゆうことやろ。保護受けると市役所の役人からあれこれ指図されるて聞く。そんなんは俺、耐えられんで。これまで好き勝手に生きてきて、この歳なって人のゆうこと聞いて食べさせてもらう。それ、筋通らんとちゃうか?」

 三角公園ほか、西成のホームレスには20代はもちろんのこと、30代、40代の年齢層の者をみることはめったにない。マサヨシさんはその背景をこう明かす。

「若い子ほどあれこれいわれるんは好かんやろ。ホームレスにもモラルゆうか秩序があるんや。たとえば公園でやな。誰がここに寝る、座るとか暗黙の了解がある。新参者が入り込むのは難しいもんや。せやから、若い子はここ西成に来てもすぐ保護に頼って出て行くんや。そら保護受けたら雨露しのげる屋根付の家に住める。役人にあれこれ言われることさえ我慢したら快適やろう」

 このマサヨシさんの声を裏付けるように、3か月前に西成にやって来たという大阪府出身の30代後半のホームレスは次のように語る。

「もう出て行きます。公園でブルーシートを張って寝られるまで何年かかるやわからへん。ベテランがぎょうさん詰まっとるし。夏場、路上で寝たけど暑さに耐えられんかった。財布も取られたし、明日にでも生活保護受給の相談に行きますわ」

 こうして20代から40代前半の若年ホームレスは西成を去り、生活保護受給へとなびく。二度とホームレス生活に戻りたくないとの思いもあるが、同時に、恵まれた生活保護受給生活で、働きたくないとの思いもまた強くする。西成でのホームレス生活から、現在は、生活保護受給を受けている40代男性のひとりがいう。

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