●靴も服も浮力体になる「浮いて待て」とは?

 水難学会が提唱する「浮いて待て」とは、水に落ちた、あるいは流された時に「あおむけになって背浮きをし、ぷかぷか浮いたまま救助が来るまで待つ」という方法だ。

「人間は肺という自前の“浮き袋”を持っているので、水に落ちてもじたばたせずに息をいったん止めて身体の力を抜くと、誰でも自然に身体の2%が浮きます」

 その2%を鼻と口に割り当てて水面上に出し、素早く息を吸って肺に空気をためてからしばらくがまんし、苦しくなったら素早く吐いて吸い、をくり返していれば救助が到着するまでがんばることができる。逆に大声で助けを呼んで浮き袋(肺)の空気を吐き出したり、腕を水面から上げて貴重な2%を費やしたりしてしまうと鼻と口が水面下に沈み、溺れる可能性が高くなるのだ。

 しかし、水難事故は「水泳中」に起こるとは限らない。むしろ川遊びや磯遊び、釣りなど着衣の時に起こるケースが多い。服や靴を身につけたまま水に落ちてしまったら、水を吸った服の重さで沈んでしまわないのだろうか。

「まず、服を着ていたら溺れる、という思い込みを捨ててください」と斎藤会長は言う。
実は一般の“常識”に反して、服と靴は「浮力体(水に浮きやすいもの)」になる。特に軽量化された今時のスニーカーやサンダルは、発泡ウレタン樹脂が使われているので簡単に水に浮く。つまり、靴を履いていた方が体は浮きやすいのだ。

「人間は下半身が重いので、水に引きずり込まれるように脚から沈みます。しかし、靴の浮力で脚が浮くことにより、楽に背浮きのまま水面に浮いていられるのです」

 ただし、ゴム素材の靴は沈むので注意が必要だという。水辺に遊びに行く前に、バケツに水を張って靴を浮かべてみるといいかもしれない。長靴も開口部から水が入り込むので避けた方がいいだろう。とにかく軽い靴を履いていくこと。ここが案外、生死の境目になるかもしれない。

 では、服の生地は水を吸い込んでしまわないのだろうか。「水面に対して体が垂直になってしまうと、首周りから空気が押しだされて沈んでしまいますが、背浮きの状態を保つことで洋服も即席の浮き袋になります」

 なまじ「服を着たままでは溺れる」という恐怖心でもがくほど、身体と服の隙間に潜んでいた空気が抜けて沈んでしまうのだという。

「重ね着や厚着をしていた方が空気の層が何重にもあるので、助かりやすいのですよ」

 実際、東日本大震災では空気を多く含むダウンジャケットを着ていた方が、津波からの生還率が高かったという記録がある。浮力体になった以外に、冬の水難につきものの低体温症を防いだためだろう。

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