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僕を育ててくれた高校演劇部の気風

文・中島かずき

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 前回の話が意外に好評で驚いています。
 特別面白い落ちや新しい情報があるわけでもない、「高校生から変わらないなあ」という話だったのですが、何か読んでいる方達の琴線に触れるものがあったのでしょうね。
 中学高校時代というのは、辛い思い出がある人も多いようですが、僕は概して楽しかった。
 もちろん将来への不安、恋愛や対人関係での問題など、決していいことばかりがあったわけではないのですが、それでも今振り返るとかなり自由に過ごしていた気がします。

 やはり、クラブ活動で演劇に出会ったことが大きかったですね。
 まさか、自分がそんなことをやるとは思わなかった。それまでは演劇のえの字も知らなかったのに、高校で演劇部に入って一気に世界が広がった。
 本当か嘘かわかりませんが、当時、高校演劇連盟というのは高校野球連盟に次いで組織がしっかりしていると、先輩に聞いたことがありました。
 確かに地区大会、県大会、九州大会、全国大会という流れはしっかりできていましたし、僕らの地区だけでも、12、3校が参加していたと思います。
 特に僕ら筑豊地区は、当時高校生の自主創作が奨励されていて、既存の脚本を使うよりもたとえ完成度は甘くても、自分たちで作った作品の方が評価されていた気がします。
 まあ、そういう気風のおかげで、僕も芝居の脚本を書き始めたわけですが。
 今にして思えば、先輩達にも恵まれていました。
 もともと生意気で自意識だけは強く、明らかに能力や経験や人柄が上ならともかく、ただ年齢がひとつやふたつ上というだけで偉そうにして先輩風をふかす相手なんて我慢できないと思っていました。だから、普通の体育会系の部活なら、すぐに衝突してやめていたと思います。
 でも、演劇部の先輩達は、このむやみに生意気な一年坊主を面白がって受け入れてくれた。僕が脚本を書き始めると「面白いからもっと書け」と言ってくれた。
 あの当時の先輩はみなさん仲がよく、個性的だったなあ。
 ラジオ番組で、高校生が書いたドラマを募集しているものがあり、そこに投稿して採用になり、自作自演した人とか、ミニコミ誌を作っていたりとか。
 みんながのびのび生きている感じがした。
 あの演劇部の気風がなければ、僕も芝居を続けていなかったし、そうなれば高校二年でいのうえひでのりに出会わなかったかもしれない。
 当時、僕は筑豊地区の会長で、彼は福岡地区の会長でした。
 まさか、それから35年以上つきあうことになろうとは、お互い思ってもいなかったでしょうが。
 
 先日、ツイッターで不意に「『郵便局員日の丸浩介』の中島さんですか」と話しかけられました。
 驚きました。
『郵便局員日の丸浩介』とは、僕が高校三年の時に書いた芝居の題名です。
 その人は、県大会でこの作品を見たらしい。
 36年前の、僕自身、殆ど忘れていた作品を覚えている人がいた。
 昔の作品ですから、くすぐったく恥ずかしくもありますが、でも誰か一人でもこれだけの長い間覚えられている作品が作れたということは、素直に嬉しくもあります。


(更新 2012/6/28 )


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プロフィール

中島 かずき(なかしま・かずき)

 劇作家、脚本家。福岡県出身。1985年より劇団☆新感線の座付き作家に。「阿修羅城の瞳」「髑髏城の七人」などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇"いのうえ歌舞伎"を多く生み出す。「アテルイ」で第47回岸田國士戯曲賞受賞。コミック原作や、アニメ「天元突破グレンラガン」(07、09)脚本・シリーズ構成、「仮面ライダーフォーゼ」(11)メイン脚本など幅広く活躍。脚本を手がけた「真田十勇士」(演出:宮田慶子、主演:上川隆也)が8月から上演される

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