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映画への敬愛に溢れた2つの映画

文・中島かずき

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 今年のアカデミー作品賞ほかを受賞した『アーティスト』を観てきました。
 フランス映画でしかもサイレント作品。アカデミー賞をとっていなければ、足を運ばなかったかもしれません。
 でも、行ってよかった。
 見終わったあとに、美味しい食事でもしながら「おもしろかったね」と楽しく会話がしたくなるような、素敵な作品でした。
 
 今年のアカデミー賞は、この『アーティスト』と、マーティン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』とが賞を二分しています。
 この二作、奇妙な共通点がいくつかあります。
 まず、どちらも「映画」をテーマにした映画であること。
『アーティスト』は、サイレントからトーキーに変わっていく時代の、サイレント映画のスター俳優とトーキーで人気が出た新進女優とのラブ・ロマンスです。
 しかもそれをこの時代に,サイレント映画として撮っている。
『ヒューゴ』の方は、ある少年が、失意のどん底にいた映画の祖であるメリエスと出会い、彼の魂を救済する話です。
 こちらは最新の技術である3D映画としての粋をこらして撮られている。さすがはスコセッシだと感心しました。
 どちらも、「映画」への敬愛に溢れている作品ですし、サイレント映画が作品の大きなモチーフになっているのに、片やサイレント、片や3Dと真逆の技術です。
 
 もう一つは「アメリカとフランス」という関係。
『アーティスト』は言語こそ英語で撮られていますが、れっきとしたフランス映画。監督も主演の二人ともフランス人。でも舞台はアメリカ西海岸のハリウッド。
『ヒューゴ』は、ニューヨーク育ちで作品の舞台にすることも多いマーティン・スコセッシ監督ですが、舞台はパリ。
 フランス人監督がハリウッドを描き、アメリカ人監督がメリエスを描く。なぜか逆転しているのです。
 
 そして、共通しているモチーフが、「映画により一世を風靡した人物が、時代の変化により落ちぶれてしまうが、純粋な善意によりその誇りを取り戻し再び映画を愛するようになる」ということ。
『アーティスト』では、サイレント時代に人気のスターだった男が、エキストラのダンサーである女優を目にかけるのだが、トーキーに乗り遅れ、人気も失せ財産もなくなる。片や女優はトーキー映画でスターとなる。だが、男への想いを忘れなかった女優は彼を救うために懸命になる。
 片や『ヒューゴ』では、主人公のヒューゴが、過去を封印しおもちゃ屋として生きているメリエスにかつての誇りを取り戻させます。
 偶然の一致なのか、それともアカデミー関係者の気分なのかわかりませんが、これだけ真逆の表現方式でありながらその精神を同じにする作品が同時に評価されるのが、面白いなあと思ってしまいます。
 今年はアメリカの映画人達は、映画というジャンルをもう一度誇りたかったのでしょうか。
 確かに、両作品とも見終わったあとに「やっぱり映画っていいなあ」と思いながら帰れた作品でした。


(更新 2012/4/19 )


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プロフィール

中島 かずき(なかしま・かずき)

 劇作家、脚本家。福岡県出身。1985年より劇団☆新感線の座付き作家に。「阿修羅城の瞳」「髑髏城の七人」などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇"いのうえ歌舞伎"を多く生み出す。「アテルイ」で第47回岸田國士戯曲賞受賞。コミック原作や、アニメ「天元突破グレンラガン」(07、09)脚本・シリーズ構成、「仮面ライダーフォーゼ」(11)メイン脚本など幅広く活躍。脚本を手がけた「真田十勇士」(演出:宮田慶子、主演:上川隆也)が8月から上演される

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