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"失われた桜台"に会える場所は

文・中島かずき

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 昼夜逆転の生活が続いていますが、結構眠りは深い方です。
 夢もはっきり覚えていることが多いのですが、だいたい、何かに追われて焦っている夢ですね。
 どこかに行かなければいけないのだが、どうしてもそこにたどり着けない。いろんな事件が起こり問題がどんどんスライドしていき、「ああ、○○時に××に行かなきゃいけないのに、これじゃ間に合わないぞ」と焦るのです。
 覚えている夢は殆どこのパターン。
 これは、もう、間違いなく〆切に追われている気持ちの反映でしょうね。
 考えてみれば、〆切がない時代は殆どありませんでした。
 学生時代は、試験やレポートがあります。
 編集になれば、作家の原稿を待っているわけです。
 これに加えて自分の原稿があります。大学の時には劇団を組んで年二回公演していたし、漫研に所属していたので、マンガも書いていた。
 25歳からは新感線に台本を書き出した。ずうっと〆切がある人生です。
 夢もその気持ちに反映されるのでしょうね。わかりやすいと言えばわかりやすい。

 特に、どこかの町にいて、いろいろとトラブルが起こり、別の町にある時間までに移動しなければならないのになかなか移動出来ないというパターンが多い気がします。
 本当の町とは全然違うのだけど、下北沢とか渋谷という町が夢の中に出てきて、目が覚めた後も地図が書けるくらいはっきりとイメージがある。そんな町が幾つかあります。
 その町の中をうろうろしていて、駅からどんどん遠ざかり、焦れば焦るほど迷子になっていく。
 焦って、目が覚めて、「ああ夢だったのか」とホッとするけど、でも目覚めれば現実の〆切が待っている。
 結構そんな日の繰り返しです。
 でも、だからといって眠りが浅いわけでも不快感が残るわけでもないんですけどね。
 
 ただの夢で見た町を思い出すのは、割と好きです。
 自分の中にしかない町ですが、ディティールまではっきり覚えていると、昔行った町の記憶とあまり差が無くなるのですね。
 例えば、幼い頃過ごした町の風景なんて、今とは全く違うから、自分の記憶の中にしかない。そういう意味じゃ夢で見た町とあまり代わりがありません。
 
 学生時代から5年ほど、西武池袋線の桜台に住んでいました。
 友人も多く、思い出深い町のはずでした。
 つい先日、ちょっと時間があったので30年ぶりに行って見たのですが、これがまあ、気持ちがいいくらい変わっていたのですね。というか、記憶の中の風景と、実際に見ている景色が一致しない。
 駅が高架になったためにその周辺の雰囲気が変わったのも大きいのでしょうが、自分が毎日通った本屋や定食屋、それにスーパーがなくなっていることも大きいのでしょう。
 かろうじて銭湯だけは残っていましたが、あとはもう見当がつかない。
 やっぱり30年という時間は大きいですね。
 しかも学生だったから興味のある店が限られている。金がなかったので喫茶店にも入らない。病院にもいかない。五年も暮らしていたのに、本屋と古本屋、銭湯、それと定食屋くらいしか眼中になかったんだなあということを再認識しました。 
 僕が住んでいたのは、平屋の民家の部屋を分けて二世帯に貸すという変わった賃貸住宅でした。すぐ近くに公園と保育園があったので、記憶を頼りにその場所に行ってみたのですが、案の定、その家はなく駐車場になっていました。
 
 30年ぶりに訪れた町は、懐かしい気分にもならない、中途半端な場所でした。
 夢の中で行った方がもっと自分にとってのリアルな桜台に会えるかもしれません。また何かにせかされながらになるでしょうが。
 


(更新 2012/4/12 )


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プロフィール

中島 かずき(なかしま・かずき)

 劇作家、脚本家。福岡県出身。1985年より劇団☆新感線の座付き作家に。「阿修羅城の瞳」「髑髏城の七人」などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇"いのうえ歌舞伎"を多く生み出す。「アテルイ」で第47回岸田國士戯曲賞受賞。コミック原作や、アニメ「天元突破グレンラガン」(07、09)脚本・シリーズ構成、「仮面ライダーフォーゼ」(11)メイン脚本など幅広く活躍。脚本を手がけた「真田十勇士」(演出:宮田慶子、主演:上川隆也)が8月から上演される

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