崩れては積み上げるのは本か、思い出か

中島かずき
 僕の部屋には何本も何本も柱が立っています。
 普通の柱じゃない。本とDVDの柱です。
 鍾乳洞で石灰質を含んだ水が地面に落ち固って徐々に上にのびて石筍になるように、日々買ってきたまま置いておく積ん読本がすくすくと成長し、今では立派なモニュメントになっている。
 DVDも同様です。
 幾たびもあった余震を乗り越えて、何本もの柱が僕の仕事部屋には屹立しています。 この話は前にもしましたよね。

 ところが最近、あいついで崩落事故が起こった。
 夜中に、なんの予兆もなく、DVDの塔が崩れ落ちた。
 余震もない。激しい振動を与えたわけでもない。それなのに、ガラガラと、いや、DVDなんでそんなに大きな音がするわけではないのですが、僕の心理的にはガラガラと音をたてて崩れ落ちた。
 仕方がないので、また柱の組み直しです。
 それから数日後、今度は本の柱が崩れ落ちた。
 この時も同様に、なんの予兆もなかった。地震もなければ騒いでいたわけでもない。今と同じようにただパソコンのキーボードを叩いていると、ドサドサと、今度は本だから本当に音をたてて崩れました。
 不思議ですよねえ。
 まあ、少しずつずれていっていたものが、ある日限界が来るのでしょう。
 誰が悪いわけでもない。悪いとすれば、ちゃんと片付けずどんどん積み上げていっている僕自身です。
 でもとりあえず収納すべき本棚もパンパンなので、再びもとの場所に積み上げておくしかない。
 積み上げながら、「頼むから今度は倒れないでくれよ。これで寝て起きてまた崩れてたら、まるで賽の河原だよ」と思っていました。

 散らばった本や、DVDを見ながら一瞬「俺は死ぬまでの間に、この本やDVDを全部読んだり観たりできるんだろうか」という根源的な問いかけをしてしまいました。
 危険です。
 この考えに入り込むと、もう何も買えなくなる。
 もちろん買わなくてもいいのかもしれませんが、それはそれで寂しいじゃないですか。
 実際、冷静に考えてみると、18歳のとき、大学進学で上京してきてすぐに買った本だから、もう35年近くになりますが、その時買って読まないまま、引っ越しの度に捨てるでもなく、各引っ越し先を転々とし、結婚も子供の誕生も乗り越えて、未だに本棚に収まっているという本も多々あります。
 この時代に買った本はブックカバーひとつとっても思い出深い。
 こうなるともったいなくて、むしろ死ぬまで読んではいけないのではないかという気にすらなったりしますね。まったく間違った結論ですが。
 特に、今はもうなくなった芳林堂の池袋店のブックカバーなんかがかかっていると、もういけない。それだけであの時代の気分を思い出してしまいます。
 池袋西口にあった芳林堂は、大学の行き帰りによく行きました。
『本の雑誌』も『だっくす』も『SFマガジン』も『SFアドベンチャー』も『STARLOG』もここで買ってた。
 角川文庫が出していた唐十郎の戯曲集も買いあさった記憶がある。
『だっくす』というのは、マンガ評論雑誌です。これがのちの『ぱふ』になる。今の『ぱふ』とは全然違って当時はA4版平綴だった。(そういえば、その『ぱふ』も休刊なのですね)
『SFマガジン』『SFアドベンチャー』はSF小説誌、『STARLOG』は、海外SF映画を中心とするヴィジュアル雑誌です。当時『スター・ウォーズ』の大ヒットで起こったSF映画ブームに乗っかって創刊されたものです。
 あの当時、エンタメ系の本の情報も、マンガもSFも芝居も、情報を仕入れる中心に池袋芳林堂があった。
 そんな想い出が、ブックカバーをみるだけで走馬燈のように脳裏をかすめるのです。
 いかんいかん。まるで死ぬ間際、自分の人生を走馬燈のように振り返っているようではないか。
 本とDVDに埋もれて死ぬのって、ある意味シャレにならないぞ。実際それが原因で亡くなった人もいたし。
 まあ、仕方ないので、倒れないようにもう一度こつこつ丁寧に積んでいって、時間を作ってこつこつ読んでいくしかないですね。
 
 さて、9/4からはいよいよ『仮面ライダーフォーゼ』が放映開始。翌9/5からは『髑髏城の七人』東京公演が始まります。しかも、そろそろ、初のオリジナル小説集『まつるひとびと』が全国の書店にも行き渡っている頃です。
 いろんなことが重なりすぎですが、どれも宜しくお願いします。
 どれもみな、どういう感想をもたれるか、ほんとにドキドキするなあ。
 

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