【Vol.27】フードスタイリスト飯島奈美さんが巡る浅草の新旧。老舗喫茶店からワインバーまで、「羽子板市」のあとのお楽しみ。

 浅草寺の羽子板市巡りに続き、飯島奈美さんが訪ねたのは、雷門近くにある小さな町工場。天保年間創業の「木具定商店」では、折箱や御神札といった木製品の製造販売を手がけています。「実は、以前折箱を特注で作っていただいたことがあるんです。とある俳優さんに、お弁当100個をオーダーいただいて……。女性用と男性用でおかずの内容を少し変えたお弁当を作り、『女弁当』『男弁当』という包装紙を巻いてお届けしたんです」と飯島さんが教えてくれました。

 木を使って四角いものを作る職人を「木具師」といいます。「木具定」は、木具師の定吉(初代)が、当時魚河岸のあった日本橋に工場兼店舗を構えたのがはじまり。明治2年に浅草雷門前の並木通りに移りました。浅草界隈の老舗鰻屋や天ぷら屋、蕎麦屋へも折箱を納めています。

 今使っている材料は、スギ、ヒノキ、エゾマツ、キリなど。スギとヒノキは、東京都檜原村産のものです。「東京都の花粉対策事業で伐られた木材をなんとか有効活用できないかと、今から5年ほど前にお声をかけていただいたんです」と6代目の信田喜代子さん。木材は燃やしても残灰がわずかで有害物質の問題もないため、木製の折箱は食品容器として丈夫で通気性に優れ、殺菌効果もあり、食品の水分を適度に調節してくれるそう。「プラスチックゴミが大きな問題となっている昨今、エコでいいですよね。お弁当箱としてだけでなく、紙のように薄い経木をケータリングで使わせていただいたこともあります。オードブルなどをずらりと並べると美しいんです」と飯島さん。古くから育まれてきた技を今の暮らしに合わせて使い続けることで、私たちの毎日が森とつながります。

 次に足を運んだのは、喫茶店「銀座ブラジル浅草店」。「お店の名前の中に、銀座とブラジルと浅草という三つの地名が入っているの。不思議でしょう?」と飯島さんは興味津々。昭和23年創業のこの店は、もともと銀座にあり、さらにはコーヒー豆をブラジルから輸入していたためこの名前になったそう。飯島さんがさっそくオーダーしたのが「元祖フライチキンバスケット」。一口食べると、サクッと軽やかな歯触りで、柔らかいこと! 「胸肉をあえて斜めにカットして筋目を逆に切ることで柔らかくなるんです」と、マスターの梶純一さんが教えてくれました。さらに、厚切りロースハムはちょうどいい頃合いの半熟卵と自家製マヨネーズ入り。キャベツは1枚ずつはずして芯を取ってから千切りにするので、フワッフワの歯触りになります。「こんなに手間暇かけているなんて、全メニュー制覇したくなりますね」と飯島さん。「必ずまた来ます!」と約束をして店を後にしました。

 最後に訪れたのは、カウンター8席のワインビストロ「ペタンク」。たったひとりでこの店を切り盛りする山田武志さんは、西麻布の「ザ・ジョージアンクラブ」、在ハンガリー日本大使館の公邸料理人、パリの「ズ・キッチン・ギャラリー」などを経て、2017年にこの店をオープンさせました。ウフマヨは、半熟卵にアンチョビ入りのマヨネーズをとろりとかけたもの。チューリップカラアゲは、クミンやコリアンダーなどのスパイスを使った衣がさっくり。〝にぼバター″のパスタは、なんと煮干し入りのバターを使ったものなのだとか。フレンチをベースにしながらも、日本の居酒屋のようであり、アジアの屋台のようでもある……、そんなフュージョン感たっぷりの一皿一皿が、ワインにぴったりです。「浅草といえば、鰻や天ぷらといった老舗の名店と思いがちだけど、こんなビストロがあればちょっと飲んで帰りたくなりますね。一皿のポーションが小さいので、前菜とメインとパスタとか、サラダとステーキとか、自分の好きなように組み合わせて食べられるのがいいところかも」と飯島さん。

 お店を出る頃には、浅草寺が美しくライトアップされていました。「外国人の友人を案内してよく浅草には来ていたけれど、いつも昼間ばかりで、こんなに夜遅くまでいたのは初めて。伝統工芸から新しいお店まで、今回、浅草の楽しみ方の幅がぐんと広がった気がします」

ナビゲーター:飯島奈美

フードスタイリスト。東京生まれ。映画やテレビドラマ、CMなど幅広い分野で料理を手掛ける。映画「かもめ食堂」「海街diary」、ドラマ「深夜食堂」「ごちそうさん」といった話題作を担当。カトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ビノシュら世界的に有名な俳優が出演する、是枝裕和監督の最新作「真実 (La Vérité) 」にも参加

取材・文:一田憲子 写真:伊佐ゆかり

撮影協力:
木具定商店
http://www.kigusada.info

銀座ブラジル浅草店

ペタンク(Pétanque)
https://ja-jp.facebook.com/petanqueasakusa

本企画は『東京の魅力発信プロジェクト』に採択されています。
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