【Vol.26】フードスタイリスト飯島奈美さんが「羽子板市」で一枚の羽子板に宿る手仕事を知る

 浅草寺では毎月18日に、観世音菩薩の縁日がたちます。その中でも特に12月18日は「納めの観音」と呼ばれ、境内には正月用の品や縁起物を売る露店が集まり、「歳の市」と呼ばれるようになりました。ここで開かれているのが「羽子板市」です。江戸時代から羽子板は、「末広がりのめでたい形」と、羽根つきの羽根が、虫を食べるトンボに似ていることから、「悪い虫(病気)を食べる」、あるいは羽根の先端についている「豆」から「まめに暮らすことができる」など、縁起物として扱われていました。戦後には、女の子が誕生した家に羽子板を贈るという習慣が盛んになり、羽子板が「歳の市」の主役になっていったそう。現在は12月17日から19日までの3日間、境内に数十軒の羽子板を売る店が並びます。

 江戸時代中頃は、当時全盛を極めた歌舞伎の人気役者の舞台姿を写した羽子板がずらりと並べられ、人々は贔屓役者の羽子板を競って買い集めました。羽子板の売れ行きがその年の役者の人気のバロメーターにもなったのだとか。女性たちは贔屓役者の当たり狂言の羽子板を懐に抱いて帰りを急いだとのことです。現代ではそんな江戸情緒あふれる絵柄に加えて、社会風刺や人気タレントを題材にした変わり羽子板も並びます。

「わあ、お店ごとに描かれる顔も着物の様子も違うんですね」「艶やかな道明寺もいいけれど、こっちの助六もかっこいいですね〜。私は男性の面の羽子板のほうが好きかなあ」「あれ、あそこにある羽子板は、ラグビー日本代表のリーチ・マイケル選手だ!」。屋台を巡りながら飯島さんは、羽子板の多彩な絵柄にすっかり夢中になったよう。

「あの一番大きいのはどれぐらいの高さがあるんですか?」(飯島さん)「あの連獅子を描いたのは1メートル70センチです。仕上げるには3〜4カ月かかったかなあ」(職人さん)
「あれ、お兄さんが作ったの?」(飯島さん)
「そうですよ。羽子板作りは面相師、押し絵師と分業制なんです。面は胡粉を塗ってからひとつずつ手描きで仕上げます。着物は押し絵といって、古い着物地をストックしておいて、綿を中につめて立体的に製作するんです」(職人さん)
「うわあ、手間がかかるんですね〜」(飯島さん)

 実際に羽子板を作った職人さんが売り手にもなっているので、伝統工芸について教えてもらいながら買い物ができるのもいいところ。「江戸押絵羽子板」は、東京都雛人形工業協同組合により、都の厳格な検査に合格し東京都知事の指定を受けた伝統工芸品でもあります。かつて浅草には、江戸三座と呼ばれる歌舞伎を上演する芝居小屋があり、職人は歌舞伎を見て勉強しながら面相や押し絵を作ったのだとか。

「普段の生活では、こんな風に伝統工芸について知る機会はめったにないから、日本の風俗、習慣、文化に触れられるのもいいものですね」と飯島さん。

 羽子板市ではそのほか、桐の板に自分が好きな模様を描いて持って帰ることができる「お絵かき羽子板」という楽しい企画も。さっそく飯島さんも、クレヨン片手にふっくらとしたお餅の絵を描きました。実は年末年始はフランスで過ごすという飯島さん。そこで1枚1000円の羽根つき用の羽子板も3枚購入。「これでフランスでダブルスをするの!」と嬉しそう。

 夕暮れ時になると、屋台には灯りがともり、昼間とはまた一味違った風情に変わります。羽子板市が終わればもう今年も終わり。いつもの仕事や家事といった日常を抜け出して、年の瀬の風物詩を味わいに出かけるのもいいものです。

ナビゲーター:飯島奈美

フードスタイリスト。東京生まれ。映画やテレビドラマ、CMなど幅広い分野で料理を手掛ける。映画「かもめ食堂」「海街diary」、ドラマ「深夜食堂」「ごちそうさん」といった話題作を担当。カトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ビノシュら世界的に有名な俳優が出演する、是枝裕和監督の最新作「真実 (La Vérité) 」にも参加

取材・文:一田憲子 写真:伊佐ゆかり

撮影協力:羽子板市
https://www.asakusa-toshinoichi.com/hagoita-ichi

本企画は『東京の魅力発信プロジェクト』に採択されています。
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