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今日、6月30日は「夏越の祓(なごしのはらえ)」の日で、12月の大晦日とともに1年に2度、人々の罪・穢(けが)れを祓う儀式が行われる。例えば、神社やお寺に茅の輪が設置されていたり、用意されたひとがたに名前などを書いて流してもらったりする行事だ。
●富士山の神さまは安産の神
この祓えの儀式が行われた翌日の7月1日、各地の山々で山開きが行われる。この日に入山を許可する理由のひとつとして、禊が済んだばかりで清らかな状態であることもあげられるのではないだろうか。
日本独自の風習とは言えないが、日本の山は多くの場合信仰の対象となっている。紀州熊野の高野山、比叡山、恐山や白山、立山連峰、御嶽山など上げればキリがないが、中でも富士山は別格である。
現在、富士山を信仰する神社のほとんどは「浅間神社」(ちなみに「浅間神社」のすべてが富士山信仰ではない)と呼ばれ、祭神に木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)を祭っている。木花咲耶姫は伊勢神宮の神さまである天照大神の孫神・ニニギノミコトの妻であり、火の神、水の神そして安産の神さまとして知られている。
●富士山登山の記録
富士信仰の歴史は古く、古墳時代にはすでに噴火する富士山に対して貢物を備えていたのではないかと考えられている。また、伝承として「聖徳太子が神馬で富士山を超えた」というものもあるが、修験道の開祖とも言われる役小角(エンノオズノ/役行者とも)が、663年に富士山へ登頂したのが、世界初の高山への登山だとも言われている。もっとも、こちらも伝説の域を出ず、登山記録がしっかり残るのは平安時代からである。
●富士山が駿河と甲斐両国の山となった理由
864年から富士山は「貞観大噴火」を起こした。登山記録はこの約10年後から残っており、活動の治った富士山頂を記録するための登山だったと思われる。
この噴火時に、駿河国にはすでに浅間神社が鎮座していたのだが、占うと富士山の噴火は、駿河国浅間名神の祭祀(さいし)怠慢のためだと出たため、駿河国だけでなく甲斐国にも浅間神社を創建するように命が下った。富士山を信仰する浅間神社は、現在全国に1300社ほどあるのだが、富士山を取り囲むように静岡県と山梨県に特に多く見受けられる。
ちなみに、富士山頂に鎮座する「奥宮」と「久須志神社」は、富士山本宮浅間大社(富士宮市)の末社であり、登山道・富士山測候所を除く8合目より上の場所はすべてこちらのお社の境内なのだ。