1989(昭和64/平成1)年の大河ドラマ27作目「春日局」は、「おんな太閤記」「いのち」に続く橋田壽賀子の書き下ろし脚本で、32.4パーセントという大河歴代3位の高視聴率を記録したことで知られている。
しかしその「春日局」の脚本が、「今まで生きてきたなかでこれ以上の苦しみはない状態のなかで書かれた作品」(橋田)、であることを知る人は意外に少ない。
橋田が言う「これ以上ない苦しみ」は、2012年7月に放映されたTBSドラマ「橋田壽賀子ドラマスペシャル『妻が夫をおくるとき』」に詳しく描かれている。同作は橋田の夫で元TBSプロデューサーだった故・岩崎嘉一氏のガン闘病と“夫婦の死別の顛末”を描いた橋田の実体験ドラマだ。彼女が「春日局」を書き始めた直後に夫のガン告知を受けるところから始まる。
登場人物のひとりである中村梅雀が演じた倉石プロデューサーは「春日局」制作統括の渋谷康生、小泉孝太郎が扮したスタッフの竹田君は制作助手のひとりをモデルにしていると思われる。
橋田役には岸本加世子、夫の岩崎役には大杉漣、盟友のプロデューサー石井ふく子に薬師丸ひろ子が扮して、夫をガンで喪うまでの橋田の懊悩が綴られている。
歴代視聴率1位「独眼竜政宗」、2位「武田信玄」の戦国武将路線に対して、3位にランクされた「春日局」は女の細うでひとつで戦乱の世を生き抜いたおふくという女性の物語で、支持者の多くは女性だった。
権謀術数に長けた「権力志向の強い女性」という好戦的なイメージのお局様おふくを、戦乱なき平和な世を願う反戦的な「母性愛溢れる女性」に置き換えた橋田の見事な作劇は、おふくに抜擢された大原麗子の好演と相まって女性層の共感をよんだ。
その春日局と対比する形で三代将軍家光の生母お江与をもう一人の主人公として配置し、「女の戦い」をドラマの核とした構図も女性視聴者の心を捉えたのかもしれない。
ちなみにお江与は大河50作目の「江・姫たちの戦国」で上野樹里が演じたヒロインで、22年後に再登場する。
織田信長の姪で浅井三姉妹の末妹お江与を演じた長山藍子さんは、撮影時の記憶を次のように語る。