
かつて駐ソ米大使を務めたジャック・マトロック氏は、米ソが初の核軍縮と冷戦終結を実現する時期に、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長の会談に同席していた。マトロック氏は放送の中で、首脳会談に臨む前にレーガン大統領が「決して『勝者・敗者』という話をしないでおこう」との考えを示していたことを明かし、こう発言した。
「自分たちが勝ったと言ったら相手は負けたことになる。しかし、核兵器に関して勝った負けたはない。核兵器は人類にとっての脅威であり、核軍縮はわたしたち全員の利益になる」
■西側の勝利者意識の傲慢さ、クライナ危機につながる
さらにマトロック氏は、外交の価値を強調した。いわゆる裏ルートだ。核の緊張が高まっていた時期から米ソはひそかに対話を始め、共通の利益や互いに協力できる落としどころを探り、個人的なことも率直に語り合える対話の場を設定したのだ。たとえ同意できなくても、相手の話に耳を傾け、何を伝えようとしているのかを理解することが大切だとマトロック氏は述べた。
ゴルバチョフ書記長の政治基盤はどこにあり、どんな圧力にさらされているのか。マトロック氏はそれをレーガン大統領に理解させた。他国の指導者を公の場で悪者扱いせず、その行動にどんな意味があるのか、相手の内在的論理を知る必要性を説いた。
実はゴルバチョフ氏も自らの回想録『ミハイル・ゴルバチョフ 変わりゆく世界の中で』(朝日新聞出版)の中で、マトロック氏が後に教えてくれたというレーガン大統領の<口述>メモについて触れ、こう記している。
「そこに非常に重要なフレーズがひとつある。<勝者や敗者についての会話はなしにしよう。そのような会話は我々を後戻りさせるだけだ>。ロナルド・レーガンはその後も、この原則にのっとったことは認めなければならない」
ゴルバチョフ氏は、NATO拡大がドイツ統一の交渉過程で示された東西融和の精神に反すると考え、厳しく批判した。そこに西側の「勝利者意識」の傲慢(ごうまん)さを見ていたのだ。そこがプーチン氏と共通する考えであり、ウクライナ危機へとつながっていった。この戦争の落としどころを探る上で、避けては通れないポイントである。