1950年代から行われてきた拡大造林政策。木材を採るために、国を挙げて広葉樹の茂る森を伐採し、スギやヒノキ、カラマツ、アカマツなど針葉樹の人工林を作ってきた。しかし1964年に木材の輸入自由化が進むと国産の木材需要が減っていき、結果的に伐採されない林が日本中にあふれることになってしまった。赤谷の森もまた、この時代に約3割が造林された。

「そこで、イヌワシをこの森で20年間観察したデータに基づいて、特に食物が必要になる育雛期に獲物を採りやすい場所を作ることになりました。実験的に人工林の内2ヘクタール程度を試験地として皆伐したんです」(松井さん)。

 言うまでもなく、イヌワシなど猛禽類は森の生態系の頂点であり、彼らが健全であることはその森の健全さの指標ともなる。これが、冒頭で書いた「木を切る自然保護」の真実だったのだ。

 皆伐した試験地はやがて草地となり、イヌワシの食物となるノウサギやヤマドリがやってくると考えられている。皆伐はすでに行われ、現在はNACS-Jはじめ地元団体などで試験地をモニタリングし、草の生育状況やノウサギ、ヤマドリの出現、イヌワシの行動をチェックしているという。

「まだイヌワシが狩りに成功した様子は見られていませんが、上空を飛びながら獲物を探しているらしい様子や、試験地を見下ろせる場所に止まってじっと見ている様子が観察できています」とのことで、今後が期待できる。

 ちなみに皆伐した材木はスギで、木材として市場に流通させた。つまり、本来の林業の形となっている。この赤谷でのプロジェクトの狙いのひとつは「自然を守る」ことと「第1次産業」を結びつけ両立させることだ。これが全国の同じような場所での先例モデルになればという思いもある。

 赤谷のイヌワシは、2010年以降ずっと繁殖に失敗しているという。原因は不明だが、ひとつには食物の不足があると考えられているため、今回の試みの効果が期待されるところだ。
「赤谷の森全体の再生と地域づくりはこれから何年も何十年も続きますが、近い将来、イヌワシのペアが繁殖に成功し、次の世代が育つことを期待しています」(松井さん)。

 これからも続く赤谷の森づくり。その一歩となるイヌワシの次の世代が誕生する日を心待ちにしたい。(文・島ライター 有川美紀子 写真・すべて(公財)日本自然保護協会提供)