「三つ子の魂百まで」とあるように、長い人生の出発点ともいえる3歳。そばやリンゴが有名な長野に、そんな3歳児が全国から訪れる名所があるという。長野県北部を走るしなの鉄道・北しなの線の「三才駅」(長野市三才)だ。ちょうど筆者の娘も3歳。2016年4月末、休みを利用して行ってみた。
関西から車で500キロ余り。約8時間かけてようやくたどり着いた三才駅の駅舎は、なんとも普通だった。しかしその前に置かれた駅名板には、記念撮影をする3歳とみられる子どもと家族の姿が。子どもは撮影用の駅長帽子をかぶり、誇らしげなポーズ。カメラのシャッターを押すのは、地元住民らでつくる「ウェルカム三才児プロジェクト」 のメンバーだ。土日や祝日に駅周辺で来訪者をおもてなしする。
駅の窓口で大人と子どもの入場券がセットになった記念入場券(290円)を購入し、駅舎の外で記念撮影する。女の子用の駅長帽子をかぶり、制服柄のエプロン を着けた娘はうれしそうだ。枠に身長を測定できる目盛りが付いた駅名板の前に立ち、ピースサインをする。プロジェクトのメンバーが、1枚目は駅名板が入るように、2枚目は後ろに下がって駅舎が入るように撮影してくれた。やや緊張ぎみだった娘の表情が、記念品の折り紙こまをもらうと笑顔になった。
三才駅は1958年、旧国鉄の停車場として開業。プロジェクトによると、地名の「三才」の由来は、「三才山(みさやま)」だとか、地元住民らが守護神としていた「諏訪社・御射山社(みさやましゃ)」だとか、諸説あるという。当時は飯山線の普通列車のみが停車していたが、周辺に学校が建ち、宅地が増えたことから1966年に停車場から「駅」に昇格 、幹線の信越本線の列車も停まるようになった。
そして2015年3月、北陸新幹線が長野から金沢まで延伸したことにより、信越本線の一部(長野―妙高高原間の37.3キロ)はしなの鉄道が北しなの線として運営することになり、三才駅もしなの鉄道の管轄となった。
珍しい駅名ではあるが、なぜ有名になったのか。その理由は2008年までさかのぼる。名古屋市の商業施設「ラシック」が、開業三周年記念キャンペーンに三才駅を起用したのだ。新聞広告などには駅名板の写真と「ここはずっと三才、私たちは三才になりました」というキャッチコピーが用いられ、施設内には模擬駅を設けて記念撮影できるようにした。
こうして駅の存在を知った人たちが、“本物”の三才駅を訪れるようになったのだという。当初は名古屋ナンバーの車が多かったが、口コミやインターネットなどで広まり、プロジェクトによると、現在は全国各地から年間2万人(推定)が訪れるという。3歳児連れや鉄道ファンが多いが、「三才」という珍しい名字の家族や、3歳の犬を連れた飼い主もいたそうだ。
駅を訪れる人の増加に伴い、2013年、住民らがプロジェクトを設立。記念写真の撮影係や観光案内、駐車場所への誘導などでおもてなししている。駅舎内には、電車や撮影の待ち時間に読んでもらおうと、『がたんごとんがたんごとん』や『しゅっぱつしんこう!』といった鉄道を題材にした絵本を50冊程度集めた本棚も設置した。
事務局長の太田秋夫さん(64)は「時間とお金をかけて来てくれる皆さんを、心を込めてお迎えしたい」と話す。「記念写真は家族の愛情表現の形であり、地元の人たちと触れ合ったことは良い思い出になる」と、子どもたちとの会話を楽しむようにしている。「子どもや親が帰り際に手を振ってくれたり、ハイタッチしてくれたりするのがうれしい」(太田さん)。
きょうだいの下の子が3歳になり再訪する、成長して子どもが生まれ、3歳になり訪れる、といったリピーターも多い。ホームにある駅名板では、3歳の誕生日だという男の子が、昨年、自身も3歳で 来たという4歳の兄とポーズを決めていた。
ある時、53歳の女性が「ごじゅう」と書いた紙を準備して「写真を撮ってもよいですか」と関東地方から訪れた。これを知った地元の自動車販売店が14年、気を効かせて「じゅう」から「ひゃくにじゅう」まで、10歳刻みの年齢看板をプロジェクトに寄贈。3歳児のみならず、13歳から123歳まで記念写真が撮影できるようになった。 プロジェクトが確認した限りでは、これまでの最高齢は73歳だそうだ。
さらに現在、プロジェクトも協力し、三才駅を題材にした楽曲の制作が進められているという。地元出身で、夏に33歳となる演歌歌手の男性が作詞・作曲を手掛け、今秋に男性の全国デビュー作ともなるCDが発売される予定だ。
しなの鉄道も、こうした地元の盛り上がりを歓迎する。山間部を走る北しなの線は利用者が少なく、国や地元自治体の支援があって経営が成り立つ路線だという。車での来訪者も多いため、なかなか鉄道の利用者増にはつながりにくいが、同社の担当者は「地元の人たちと連携して三才駅を含む沿線の利用促進を図りたい」と話す。
3歳児の記念撮影スポットかと思いきや123歳まで、はたまたペットも受け入れられているとは。さすが宗派を超えて信仰を集めるお寺、善光寺のある長野。その懐の深さ、地元の人たちの優しさに感じ入ってしまった。家族の誰かが「3」のつく年齢になったら、また来よう。(ライター・南文枝)