「いい仕事してますねえ」の決めぜりふで知られる東洋古陶磁鑑定の第一人者は、流転の少年時代を経て、骨董の世界に入った。古伊万里(こいまり)を世に広め、「開運! なんでも鑑定団」に出演し、古美術愛好家のカリスマ的存在に。古希を過ぎた今、その半生を「自らが掘り出してきた人生」と振り返る。
* * *
西麻布に開いた店は、裏通りに面した、たった5坪の店。なかなか面白い商売をさせてもらいましたが、煮え湯も飲まされました。せっかくいいものを仕入れても、資金力がないから手元に置いておくことができず、結局、老舗に薄利で持っていかれてしまうのです。掘り出した「村上華岳(むらかみかがく)」の掛け軸を銀座の画廊にたった10万円の手間賃で巻き上げられたこともあります。すぐに2500万円で買い手がついたと聞いた時は、力のなさを思い知りましたよ。
そんなことが続いて、このまま第一級の美術品だけを扱う商売を続けても、私のように金のないやつはバカを見る。資金がなければないなりに商いのやり方を変えようと、それまでの商売にきっぱりと見切りをつけました。
そこからです、古伊万里が始まるのは。出会ったのは、岐阜の大垣。初めて訪ねていったある骨董屋で、古伊万里の小鉢や盃洗(はいせん)がわんさとあるのを見つけて、「これだ!」と思いました。古伊万里は生活雑器ですから骨董の世界では商いの対象外。でも、売り方次第では面白いと、プロの勘が働いたわけです。
初めは売れませんでしたよ。そこで考えたのが、婦人雑誌の料理記事とのタイアップです。無料で古伊万里を貸し出して撮影に使ってもらい、提供名を小さく入れてもらおうと。これが大成功。雑誌が発売されるや全国から注文の電話が鳴り響いて、売れに売れた。次々と雑誌が取り上げてくれて、世の中に「古伊万里ブーム」が起きたんです。
※週刊朝日 2012年7月27日号