「相対的な目標でなく、絶対的な基準を自分の中に持つことが大切。でないと好不調によって自分が、ぶれるから……。目標に向かって手の届きそうな課題を段階的にいくつか設定し、年・月・週・日の単位で計画を立て実行しています」
練習方法は極めて緻密だ。練習時間は週3回で2時間ずつ。授業や実習でメニューをこなせなければ、昼休みや空き時間に自主練習する。練習中は、ほかの部員と質疑応答を繰り返す。動きや姿勢などをチェックしてもらいながら、強度やスピード、距離を調整し、短い時間で最大の効果を求める。週末は試合が入っているか、医学部以外の学生との合同練習となる。ちなみに、取材の日は脳外科の実習中であり、開頭手術2件を立ちっぱなしで見学した後だった。この日最後のメニューとしてゴムチューブを使った足腰の筋力トレーニングを行った後、「しんどかった~」とトラックにへたり込んだ。
練習と学業を両立するのは、かなりハードだ。医師国家試験を控えた来年はもっと厳しくなる。「休学して陸上競技に打ち込もうなどとは考えないのか?」と聞くと、「どちらも妥協したくない」という。「二足のわらじ」には相乗効果も生まれている。アスリートとして注目を集め、これまでの病歴が報道されるにつれ、富山大学附属病院の医師から病名の特定につながるアドバイスを受けるようになった。病気の原因解明は、今もずっと宮澤のテーマである。
異色のスプリンターは、世界陸上選手権の出場枠獲得を狙う。今夏、北京で行われる世界陸上選手権でリレーの出場枠は各種目16カ国となっている。その内訳は2014ワールドリレーズの上位8カ国と、世界ランキングの上位8カ国。女子4×100メートルリレーで日本は現在、世界ランキング19位だ。16位のポーランドは43秒28をマークしており、これを上回る必要がある。
チームは7月25日に新潟県内で開催される大会にオープン参加し、宮澤は1走を務める予定である。日本記録の43秒39を0秒11以上更新する走りを実現できれば、夢の舞台に手が届くかもしれない。
「去年の今、自分が日の丸をつけて走るとか、世界選手権なんて、想像もつかなかった……」(宮澤)
「雲の上の人」だった福島と同じチームで走ることが、まだ信じられない様子である。しかし、日本陸連の関係者は「宮澤のような(異色の経歴の)選手が加わることで、チームに勢いが出る」と、その台頭を喜んでいる。高校・浪人時代の5年間にほとんど走ることができなかった宮澤。予測不能な彼女の「伸びしろ」は、世界選手権出場を狙う日本女子リレーチームの「伸びしろ」でもある。
(ライター・若林朋子)