あの人が生きていたら、この時代をどう書いただろう―――今もその不在が惜しまれる不世出のコラムニスト・ ナンシー関の死去から、この6月12日で10年になる。週刊朝日の名物コラム「小耳にはさもう」で存分に発揮された独特な観察眼は、どこからきたのか。
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私にとって、ナンシーの文章のどこがそんなにおもしろかったのだろう。たとえば、「小耳にはさもう」で貴花田のコラムが掲載されるのと相前後して、宮沢りえとの結婚は破談となり、偶然にも、その同じ日に小和田雅子さんが皇太子妃に内定したという発表があった。
当該コラムでナンシーは、
〈宮沢りえとの結婚に関してであるが、紀子さんの時の騒ぎにすごく似てるとずっと思っていた〉
と書いている。しかしその2週間後に、貴花田と宮沢りえと皇太子妃の内定とを比較してこう書く。
〈皇室ネタの馬力はケタ違いである。やっぱり貴花田・宮沢りえは絶対ではなく(筆者注・芸能人カップルの中で)突出してただけだったんだなあ。みんなワンペア級の雑魚(ざこ)の中のロイヤルストレートフラッシュだっただけなんだ。皇太子妃内定ってのは、ポーカーなのに頭ごしにいきなり九連宝灯(チューレンポートー)ってかんじ〉
貴花田と宮沢りえをポーカーにたとえながら、皇太子妃の内定は麻雀の役満にたとえる。この独自の視点と卓越した表現力が、ナンシーの武器であり、大きな魅力だった。
※週刊朝日 2012年6月1日号