トランプ米大統領とポンペオ長官が口にした「新型コロナが武漢の研究所から発生した証拠」は、今なお示されていない。それどころか、4月30日には米国の16もの情報機関を統括する国家情報長官室が「(新型コロナは)中国が起源ではあるが、人工的なものでも遺伝子組み換えでもないとの科学的総意に同意する」との声明を出している。
また米国制服軍人のトップ、統合参謀本部議長マーク・ミリー陸軍大将も4月14日、「米国の情報活動によるとこのウイルスは自然発生した可能性が高い」と明言。5月5日には「発生源は依然不明だ」と述べ、大統領らの「証拠がある」という発言をはっきり否定した。
細菌、ウイルスなどを使う生物兵器は核兵器、化学兵器と並び「大量破壊兵器」と呼ばれるが、実は軍の制式兵器として採用されたことはない。先に述べた信頼性と安全性に欠けるためだろう。
生物兵器禁止条約は冷戦中の1972年に米国、ソ連が進んで調印し、75年に発効した。一方、化学兵器禁止条約は冷戦後の93年に調印され97年発効、核兵器禁止条約は2017年に調印されたが核保有国やNATO諸国、日本などは不参加でいまだに発効していない。有効な兵器ほど、保有国が放棄したがらないことが読み取れる。
細菌やウイルスの研究、培養などは防疫や治療のために必要だが、生物兵器の研究開発と区別しにくい。それは米・英が03年、「大量破壊兵器を製造中」としてイラクを攻撃し、8年9カ月後に撤退したイラク戦争の原因となった。
そのような愚行を繰り返さないためには、加藤勝信厚生労働相が5月19日のWHO(世界保健機関)総会で求めた「公平で独立した包括的な検証」が行われるよう、日本は一切の忖度を排して協力するべきだろう。(軍事ジャーナリスト・田岡俊次)
※AERA 2020年6月1日号