半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「夢のごときセトウチさん延命作戦あり」
セトウチさん
長生きされているセトウチさんにさらに延命してもらおうと頭をひねりました。身体をチューブでぐるぐる巻きの延命装置ではありません。今の小説家を引退して、画家宣言をするのです。小説家で長生きしたってせいぜい野上弥生子さんの99歳じゃないですか。画家は小倉遊亀さんの105歳を筆頭に片岡球子さんは103歳、ぞろりといます。美術家篠田桃紅さんは現役で107歳ですよ。びっくりでしょう。
なぜ画家が長生きかというと、小説家と違ってストレスがないのです。人間は頭を使い過ぎて短命になったのです。もう小説家としてのセトウチさんはやること全部やって来られました。今度は小説のエネルギーを絵に向けて下さい。絵は宇宙のエネルギーを点滴にしていますから、頭を使わなくっても、お筆先になるだけで、どんどん描けちゃうんです。宇宙がお手伝いしますが、頭主導の人には宇宙は介在したくても、介在できないのです。
セトウチさんが画家宣言すると、肉体がガラリとメタモルフォーゼ(変身)して、見違えるほど元気になります。肩や腰は筆一本が治してくれます。そして天からミューズ神(美神)が舞い降りてきます。小説のように、ややこしいこと考えなくていいのです。肉体そのものが脳化するのです。そして指先の筆に脳が宿るんです。どうです、小説より面白そうでしょう。
セトウチさんの長寿はセトウチさんの努力の結果ですが、画家に転向すると、努力をするのはミューズ神です。ミューズ神にセトウチさんは身体を預けてしまうだけでいいのです。ミューズ神のお筆先になればいいのです。すると宇宙に遍在する創造エネルギーが降臨して、宇宙が描きたい絵を人間セトウチさんを道具として描くことになります。余計な頭を使ったり努力する必要はないのです。すべて神と運命におまかせするのです。それが絵では可能なんです。