セトウチさんは、すでに絵の魅力と醍醐味(だいごみ)をご自分の経験からご存知(ぞんじ)のはずです。絵を本業にすると、また、たまに小説が書きたくなるかも知れませんが、その時は趣味で書いて下さい。

 絵の方も趣味でいいです。趣味にすることで、先(ま)ず野心も競争心も欲望などの自我が入り込まないだけに純粋で透明になります。根(ね)っ子(こ)だけの花や、木彫仏像には透明な美しさがありました。髪の毛も透明ですが、透明過ぎて幽霊みたいでした。まあ幽霊画も悪くないです。円山じゃなく瀬戸内応挙も悪くないですね。応挙みたいに上手(うま)くなくていいです。下手な小説は駄目ですが、絵は下手な方が魅力的であるという場合があります。岡本太郎は下手に描こうとして、頭で考えたので妙な色気が出てしまって変におかしい絵になりました。下手も上手も考えないでセトウチさんなら描けます。仏教の中道でやってみて下さい。

 そしていきなり油絵を描いて下さい。油絵は上手に描こうとしても下手に描けます。アンリ・ルッソーのような絵が描けます。70歳を過ぎてから油絵を始めた、アメリカの素人のモーゼスお婆(ばあ)ちゃんは、アメリカの国民画家になりました。日本のモーゼスお婆ちゃんになって下さい。そして何より延命します。だいぶ、その気になってきましたでしょう。いい夢を。

■瀬戸内寂聴「最期は絵描きに…浮かぶ、あの世の好き暮し」

 ヨコオさん

 今回のお手紙は、私に延命させようとの、あれこれの御注意一杯でした。ありがとうございます。でも、私は只今(ただいま)、数え九十九歳になっていて、長生きはあんまり性に合わないことを実感しているところです。

 一九二二年、大正十一年五月十五日生(うま)れの私は、日本共産党と誕生が一緒でした。また偶然、生涯の大方を京都に棲(す)んでみたら、五月十五日は、京都では葵祭の当日でした。古都の優雅な祭と一緒に、自分の誕生日が毎年祝われるなんて、ずいぶん得しています。

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