7月21日、都内のホテル。トレードマークの赤い帽子をかぶって、エアアジア・グループCEOのトニー・フェルナンデス氏が姿を現した。
「(エアアジアの)赤い色に日本の空を染めよう」
そう話すフェルナンデス氏の横には、全日空(ANA)社長の伊東信一郎氏の姿があった。
「互いに異なるタイプの会社だが、共に成長できると確信している」
2人は共同出資会社「エアアジア・ジャパン」設立に署名した。
来年8月、成田空港を拠点にアジア各地へ国際線を飛ばすとともに、国内線にも就航する。5機からスタートして、2016年には三十数機体制まで拡大する予定だ。
外国資本のエアアジアは単独では国内線を飛べないが、新会社は資本金50億円の67%をANAが出す日本法人のため可能になった。
こんなシーンが訪れると誰が想像しただろうか。大手と格安、本来なら最も敵対するはずの2社が、そろって日本に共同出資会社を設立する。いったい何が始まろうとしているのか。
エアアジア・グループは01年にマレーシアで生まれた。すでにタイやインドネシア、フィリピンに今回同様の子会社を設立し、アジア最大の格安航空会社(LCC)に急成長した。
安さの秘密はアジアの安価な人件費をベースに、A320という短距離機1機種に絞った効率的な運航形態、機内食は有料で、搭乗橋を使わずに機体まで歩いて乗るといった、サービスの徹底的な合理化にある。
これまで大手はひたすらより手厚く、より高額なサービスを競い合ってきた。エアアジアは乗客が納得すれば、どこまでも安くなる真逆のサービスを提供した。これが急成長するアジアの人々の心をつかんだ。
この結果、エアアジアが1座席を1キロ運ぶコストは約3円と世界最安で、ANAの約13円はもちろん、日本で唯一の独立系格安航空会社であるスカイマークの約8円すらかなわない。
国際線では昨年12月、エアアジアの子会社「エアアジアX」が羽田-クアラルンプールに就航した。片道1万数千円台からと、ANAの同種運賃の半分近いが、週3便しかないうえに1路線だけだった。
今回設立されるエアアジア・ジャパンは、エアアジアのやり方で運営される。
マレーシアよりも近くて需要の多い韓国や中国、東南アジア、さらにホノルルを含めた太平洋線へ、大手の半額から3分の1の価格で飛ぶ。短距離に強いエアアジア本来の実力が発揮され、「エアアジアX」よりもさらに安く便利になる。
しかも、その威力が初めて国内線にも及ぶ。すでに日本には海外LCCが8社、21路線に就航しているが、すべて国際線だ。エアアジアはANAという日本のパートナーを得て、海外勢として初めて日本の国内線に参入する。
関係者によると、成田から福岡や新千歳、広島などの幹線を予定し、フェルナンデス氏は、成田-福岡なら最安値で45ドル(約3600円)という驚異的な価格を示した(29ページのインタビュー)。同区間は平均でも1万円前後とみられる。
3600円というのはANAの普通運賃の1割弱、新幹線の2割以下、深夜長距離バスと比べても半額以下だ。
「その運賃は本当か」と、バス会社は呆然。JR各社も「どれだけの便数かにもよるが、本当に実現すれば脅威になる」と言う。
しかし、何より警戒しなければならないのはANA自身ではないのか。ANAにとって国内線こそが最大の収益源であり、経営基盤だったはず。いくら子会社だとはいえ、羽田や成田のANA国内線から客を奪う「共食い」にはならないのだろうか。伊東社長はきっぱりと否定した。