〝生涯現役〟を貫いた内海桂子さん(C)朝日新聞社
〝生涯現役〟を貫いた内海桂子さん(C)朝日新聞社
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 芸歴は実に81年。漫才コンビ「内海桂子・好江」で人気を博し、漫才協会名誉会長も務める内海桂子さんが、多臓器不全のため97年の生涯を閉じた。

 弟子のナイツやウッチャンナンチャン、出川哲朗ら所属事務所のタレントがそれぞれ、事務所のホームページ上で大先輩への感謝のコメントを寄せた(一部抜粋)。

「誰より漫才を愛した師匠でした。意志を継いでいくので安心してゆっくりと休んでください」(塙宣之)

「最後まで芸人として力強く生ききったその姿を間近で学ばせていただくことができて、僕らはきっと日本一幸せな漫才師です」(土屋信之)

「お会いする度 未熟な私にもいつも優しく寛大に接してくださいました」(内村光良)

「デビュー前の頃、桂子師匠を見て芸人としての生き方、厳しさを学ばせていただきました」(南原清隆)

「学生時代、漫才の授業で僕たちの漫才を観(み)て笑っている師匠の温かい笑顔が忘れられません」(出川哲朗)

 初舞台は1938年。何度も相方を変えながら、50年に内海好江さんと組み、芸人として多くの受賞歴を誇った。

 97年に好江さんがこの世を去ると、その後は“ピン芸人”に。三味線を手に時事ネタを採り入れた漫談、後輩芸人と共演した際の絶妙な掛け合い……。年を重ねても愛され続けた。

「はっきりとした物言いだけど、厳しかったり、きつい言い方だったりはせず、根底に愛情のある物言いをして、面白い人であり続けた」と、ある放送作家は桂子さんをしのぶ。

「上下関係の厳しいお笑い界において、いわゆる師匠クラスの人たちの、さらに上の存在ですからね。一方で若者にとっては、とても面白いおばあちゃんといった魅力があったのではないかと思います。近年はナイツさん、その前にはウッチャンナンチャンさんと、その時代ごとに『面白くいじる人』がいたことも、あらゆる世代に知られるきっかけとして大きかったですね。それも、常に面白い人であり続けたからこそですね」(同)

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