春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
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イラスト/もりいくすお
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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「暴露本」。

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 トランプ関連の『暴露本』が話題になっている。トランプさんの姪まで書いたと聞き、自分の姪っ子たちを頭に浮かべた。私の暴露本を書く姪はいないだろうな。7人も姪がいるのだが、大学までは1人3千円のお年玉も渡してたし、たぶん大丈夫。

 落語界はクセの強い人も軋轢(あつれき)も多いので、それこそ暴露本の宝庫と思われるかもしれないが、案外と少ない。今思い出しただけで恐らく4冊。そのうちの2冊は、修業中にクビになってしまった一般人(当人は「作家だ」と言うかもしれないが)が書いた恨み節の被害妄想満載の私憤本だ。検索すれば出てくると思うので、あえてもやもやした気持ちになりたい人は読んでみてください。

 あとの2冊のうちの一冊は春風亭一柳著『噺の咄の話のはなし』。1980年の出版で一柳師匠はこの本を出した翌年自死されている。落語協会分裂の際に破門された、自分の元師匠である六代目三遊亭圓生師匠への想いや葛藤が綴られている。師匠を愛するがあまり、芸はもちろん佇まいもそっくりでかえって師匠に疎まれてしまったというのが切ない。『暴露本』というよりは独白本か。巻末に「最近、写経を始めて心が落ち着いている」とあり、一柳師匠のその後を知りつつ読むとやるせない気持ちになる。

 残る一冊、『御乱心』(文庫版は『師匠、御乱心!』)は三遊亭円丈師匠の名著。

 噺家が書いた本では立川談春師匠の『赤めだか』以前では一番売れた本とされている。なぜか主婦の友社刊(文庫版は小学館)。こちらも昭和53年の落語協会分裂騒動の顛末を記したもので、円丈師匠は前記の一柳師匠の弟弟子だ。

 冒頭は円丈師匠の真打ち披露興行前夜から始まり、後に「真打ち問題」を原因とした落語協会と圓生一門の分裂という落語界の一大エポックに繋がっていくのが皮肉。真打ちになったばかりで、さぁこれからという時期にもかかわらず、落語協会脱退という流れに逆らえなかった円丈師匠の慟哭は察して余りある。

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