衣料品店「ユニクロ」を運営するファーストリテイリングには最近、抗議の電話やメールが殺到しているという。
「お前の会社で作っている中国製品はもう買わない」
「中国以外で作っている製品はどれか教えてほしい」
と、強い調子だそうだ。
こんな抗議を受けるのは、ユニクロ製品の多くを中国で生産しているからだろう。尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起きた後の中国政府の過激な対応に腹を立てた人が矛先を向けたようだ。
中国の対応で日本経済にもっとも衝撃を与えたのがレアアース(希土類)の輸出停止だろう。レアアースはハイブリッド車や薄型テレビをはじめハイテク製品をつくるのに不可欠な鉱物で、中国が世界の生産量の9割以上を占める。これが手に入らなくなれば、日本が誇る最先端の製品が生産できなくなるのだ。
「どの種類のレアアースをどれぐらいの量使っているか、コストや性能に直結する企業秘密です。それだけに『禁輸で厳しい』と言いたくても言えない。痛いところを突かれました」(大手自動車会社の幹部)
もともとレアアースは2006年以降、中国が輸出制限を強化する傾向にある。
「中国の温家宝首相は地質学を専攻したこともあって、レアアースを『戦略物質』にしようと早くから考えていたともいわれます」(中国経済の研究者)
今年の輸出許可枠は、前年と比べてほぼ4割減らされた。在庫を3~5カ月分しか残していない会社も多く、
「今年中にも一部の業界で製品供給に影響が出るでしょう」(大手商社幹部)
それに追い打ちをかける禁輸だったのだ。
貿易関係者によると9月21日から25日夜ごろまで、インターネットでレアアースの輸出申請をする際に、仕向け先を「日本」と入力するとはじかれたという。中国政府は禁輸を公式には認めていないが、レアアース生産会社側が手続きを自粛したらしい。中国政府が業界団体との会合で自粛を求めたとの情報もある。
21日には輸出手続きを終えて港で船積みを待つレアアースなどの鉱物について、中国当局が日本向けに限って全量検査を始めたという。成分分析までしたそうで、
「通関に時間がかかってしようがありません。借りている輸送船やコンテナの費用がかさむ実害を被っています」(前出の商社幹部)
中国に首根っこをつかまれているのはレアアースだけではない。もやしの原料の緑豆は9割が中国産で、
「言い値で買うか、あきらめるか」(もやし生産会社の営業担当)
という完全な売り手市場に置かれている。
実際、中国との交渉の結果、国内価格は昨秋と比べて一時は2倍にまで跳ね上がった。この生産会社も前年より5割も高い価格をのまされた。間もなく本格化する今年の買い付け交渉でも、再び5割前後の値上げを迫られそうだという。
「ベトナムで生産できないか」
「ブラジルはどうだろう」
商社や生産会社の関係者が集まるとそんな案も出るが、品質や輸送コストで中国にかなう場所は見つけられずにいる。
「中国産のシェアをいまの半分程度にまで下げられると安心なのですが......」(大手生産会社の幹部)
振り返れば、昔は中国が日本に依存していた。1978年に中国の指導者として初めて来日したトウ小平副首相の協力要請に対して、松下電器産業の松下幸之助相談役が快諾し、87年には松下が北京市と合弁で現地にブラウン管の製造会社を設立した。製鉄などの技術供与もあった。中国の経済成長には、日本が大きな貢献をしてきたといえる。
小泉純一郎政権時代には、閣僚の靖国神社参拝などをめぐって日中間が政治面でぎくしゃくしても、経済面では大きな支障はなかった。「政冷経熱」だったのだ。
この間、日中貿易は拡大した。日本にとって中国は、輸入相手国で02年度、輸出相手国で09年度に、いずれも米国を抜いて首位に躍り出た(上の折れ線グラフ)。
09年度の輸入品の内訳は「電気機器」「一般機械」「衣類・同付属品」の順となっている。いつしか日本も中国に依存するようになっていた。
「日中貿易は双方で得意分野が違うので、補完関係が成り立っています。そのうえ00年代に入ると年ごとの規模の変動も小さく、非常に安定するようになってきました」(中央大学大学院の服部健治教授)
そんななかで、今回はレアアース禁輸で「経熱」までもが一変したことになる。
「まさか経済制裁に踏み切るとは思いませんでした。今後、投資や増資の許認可などに悪影響を及ぼすのは間違いないでしょう。共産党の一党独裁という、忘れかけていた『中国リスク』が現実のものだと思い知らされました」(ある財界人)
禁輸だけでなく準大手ゼネコン・フジタの社員4人が中国当局に事実上拘束される事件まで発生した。
「あまり目立った言動をとると中国政府を刺激し、次にわが社がねらわれる。出張は慎重に」と神経質になる企業もあった。
しかし、日本企業も座視してばかりではなかった。「脱中国」が進んでいる。
ひとつはまさにレアアースだ。中国の輸出規制強化で価格が軒並み高騰したことからトヨタ自動車は今夏、役員をトップとする対策組織を立ち上げた。代替品の開発、使用量の抑制、再利用に取り組んでいる。
このほか、トヨタグループの豊田通商と双日がベトナムで鉱山開発に、住友商事もカザフスタンでウラン抽出後の残存物からレアアースを取り出す事業に乗り出す。米国では一度閉めた鉱山での採掘を再開し、オーストラリアでも生産量を2倍に増やすなどの動きが相次いでいる。
「脱中国」のもうひとつの要因は「世界の工場」といわれた中国の変化だった。
「中国の長所をうち消す人件費の高騰が原因です。今年5月以降、最低賃金を2割以上引き上げるのが当たり前となっています」(みずほ総合研究所の鈴木貴元・上席主任研究員)
ホンダが全額出資する広東省の部品工場で5月17日にストライキが起きたのを皮切りに、中国各地で争議が頻発した。ホンダ側は約24%の賃上げを提案した。
これに伴って、中国以外にも生産拠点を持つ「チャイナ・プラスワン」の動きが加速した。
「当社で扱う衣料品の7~8割は中国製ですが、最近はバングラデシュなどに『産地移転』する生産・輸入会社が増えています」(大手スーパー役員)
冒頭で紹介したファーストリテイリングもそうだ。柳井正会長兼社長は08年に、過度の中国依存は危険、生産の3~4割をベトナムなどアジア一帯に分散すると語っていた(アエラ08年5月19日号)。実際、バングラやベトナムなどに進出し、
「結果的に中国の生産比率は下がっています。ただ、中国の委託工場と協力して進出しているので、中国を切り捨てるわけではありません」(同社関係者)
繊維会社の幹部も明かす。
「生産の中心をタイに移します。コストだけなら中国が安いのですが......」
明治大学の関山健・特任講師が指摘する。
「中国一辺倒からのリスク分散を考えるとき、分散先もどこか一国に集中する『チャイナ・プラスワン』ではなく、分散先の分散を図る『チャイナ・プラスアルファ』を検討すべきです」
そして「産地移転」は食料品でも進む。東京大学の丸川知雄教授によれば、中国からの輸入が占める割合を06年と09年で比べると、ニンニクで69%から60%に、ウナギで60%から48%にそれぞれ減少した。
「ウナギの産地偽装事件や毒ギョーザ事件によって、食の安心、安全に対する国内消費者の意識が高まったからでしょう。食料品では総じて国産が盛り返しています」(丸川教授)
中国は日本の最大の輸出国になったように、「世界の工場」の次には「世界の消費市場」にもなった。世界最大の人口を抱え、経済成長に伴って国民の所得が上がったからだ。
しかし、この地位も脅かされつつある。中国経済の支援者だったパナソニックは、1~2年以内のインド工場設立を視野に入れているという。インドも人口が多く、中国を追いかけるように成長しているからだ。
「市場規模が大きくなれば、その地で生産するのは当然です」(同社関係者)
今回の中国の強硬姿勢は、日本企業の「脱中国」の動きに拍車をかけたようだ。
中国政府関係者は中国経済の専門家に対し、レアアースの禁輸について、
「なりふり構わずにやらざるを得なかった」
と弁解したというが、ある財界人はこう話す。
「中国は最大の顧客を失うことになるでしょう。経済の流れを政治で無理やり止めると、日本と同じぐらい中国も損害を被るんです」
日本企業の「脱中国」は、度が過ぎた中国の対応に向けた効果的な「反撃」かもしれない。
(本誌・江畠俊彦、林恒樹)