政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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74%という高い内閣支持率をたたき出し、順調な船出をしたかのように見える菅政権。しかし菅政権は目を向けたくなくても取り組まなければならない安倍政権の「二つのレガシー」を引き継いでいます。
その一つは福島第一原発の完全な収束に向けた対応です。特に経済産業省が打ち出している放射能汚染水の海洋放出のタイムリミットは目前に迫っています。海洋放出をすれば漁民の死活問題になりますし、日韓の関係もさらに拗れることになるでしょう。たとえどんなに科学的なデータを示して問題がないと言っても国際的な環境団体からも非難される可能性も出てきます。
二つ目はここにきて浮上してきた東京五輪招致に絡む金銭授受疑惑です。当時の国際オリンピック委員会(IOC)の委員の息子とその会社に3700万円もの送金があったことが判明しました。この親子はロシア選手のドーピングに絡む収賄でも罪に問われています。いわばIOCにとってもこの親子の問題は大きながんのようなもの。日本も知らぬ存ぜぬではいられなくなりそうです。
この二つのレガシーは、密接にリンクしています。なぜなら安倍前首相が「福島はアンダーコントロール」と断言して五輪招致をしたからです。しかし、実際には放射能汚染水の問題などを見ても分かるように、アンダーコントロールとは言い難い状況です。
菅政権は地方経済の再活性を政権の「一丁目一番地」にしようとしています。地方経済の再活性というのなら東北地方、とりわけ福島は外せません。そのためには福島第一原発の収束に向けたロードマップをしっかりと示さないといけないはずです。五輪誘致についても、その経緯を世界に向けて明らかにし「日本はダーティーなことをやる国ではない」という身の潔白を証明すべきでしょう。
これらの問題について新政権がどう対応するのかということは、メディアが聞き出すべき重要なテーマだったはずなのに、それがなされていません。だからと言って、菅政権がこの問題をやり過ごすなら、後々にっちもさっちもいかない大きな宿題を背負うことになりそうです。
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2020年10月5日号