春風亭一之輔さんは、散歩をしながら落語の稽古をするという。一体なぜなのか。AERA 2020年10月12日号で一之輔さんがその理由を語ってくれた。
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歩くようになったのは20代前半から。師匠のかばん持ちでついていった時なんか、帰りに「これで帰りな」と千円札をいただくんですけど、もったいないからいつも歩いて帰っていたんです。だから散歩ではなく、やむを得ず歩いた感じですね。師匠のお宅がある小石川から、その頃僕が住んでいた江古田まで、距離にして10キロくらいかな。おかげで歩くのが全然苦じゃなくなりました。
今も多い日は1万5千歩、少なくとも1万歩くらいは歩いています。落語のネタを覚えなきゃいけない時とか、「今日の夜にこの噺をやる」という時、散歩しながら稽古するんです。落語のテンポって、歩くテンポにすごく合うんですよ。寄席の掛け持ちをする日は、上野から浅草までとか、新宿から上野まで歩きながら、ずっとブツブツつぶやいています。たまにノッてきて声が大きくなってしまって、周りの人から不審な目で見られたり(笑)。落語を体になじませて、その流れのまま高座に上がってお客さんの前でやる、という感じですね。
人を観察しながら歩くことも多いです。僕がよく歩いている下町のあたりって子どもからお年寄り、お金持ちっぽい人からそうでもなさそうな方まで、いろんな人がいるんですよ。そういう、ごちゃっとしたところから面白いネタが拾えるんです。
もう家では稽古ができない体になってしまったので、今後も散歩せざるを得ないですね。ブツブツ言いながら歩いている僕を見かけたら声をかけてください。つれない態度をとると思いますけど(笑)。
(編集部・藤井直樹)
※AERA 2020年10月12日号