ちなみに、金融広報中央委員会の最新のアンケート調査によると、世帯主が60歳代の2人以上世帯の平均貯蓄額は1635万円。中央値は650万円で、金融資産を持っていない世帯が4分の1近くある。どうやら、2500万円もの蓄えがある家計は少なそうだ。
夫婦で考える場合、次のような視点も大切だ。
今の60歳以上の女性には専業主婦が多く、「自分の自由になるお金がほしい」などの理由で、繰り下げよりも、むしろ年金を早くもらい始める「繰り上げ」を選ぶケースも多いという。しかし、社労士でFPの井戸美枝氏は、女性こそ繰り下げを選ぶべきだという。
「妻は夫より長生きすることが多く、夫の死後、一人で暮らす期間が10年以上になることもしばしばだからです。そんなとき、妻が自分の老齢基礎年金を繰り下げで増やしておけば、夫の遺族厚生年金と合わせて月額約14万円の年金収入が期待できます」
目先のお金にとらわれて繰り上げをするのは、なぜダメなのか。
「一人になったときにみじめな思いをしなければならないからです。よくよく、後々のことを考えてほしい」(井戸氏)
とはいえ、70歳以上の繰り下げには、ややためらいを感じるという。
「65歳以上になると、『公的年金等控除』として110万円の所得控除が認められています。妻が老齢基礎年金を5年繰り下げると、満額の場合、ほぼぴったりこの金額なんです。年金を考えるときは、支払う税金のことも考えてください」(同)
このように多角的に見ていくと、現状では「70歳以上75歳未満」の繰り下げには、数々のハードルがありそうだ。
しかし、だからといって繰り下げはあきらめたくない。多くの専門家は選択肢の広がりを歓迎し、長生きリスクには繰り下げが効果的と認めている。ならば、「できない」ではなく、「できる」ように現状を変えていくことが必要ではないか。
まずは働く場所を確保し、広げていくことだろう。それこそ、高齢者が自然と繰り下げを選べるようになる第一歩である。(本誌・首藤由之)
※週刊朝日 2020年10月30日号