確かに拡大された70歳以上の部分は、80歳代半ばにならないと元が取れないイメージだ。上限の75歳まで遅らせると、「70歳から」に追いつくのが92歳、「73歳から」に追いつくには「95歳」になってしまう。

 受給前に万が一のことがあっては元も子もない。男性の平均寿命が「81歳」、60歳男性の平均余命が「24年」であることを考えると遅い気がする。三宅氏が言う。

「これは、増額率を70歳以前と以後で分けなかったことが大きいと思います。繰り下げ受給者を増やしたいのなら、70歳以降は0.8%とか思い切って1%などにアップすればよかったのではないでしょうか」

 何歳からもらっても平均寿命ぐらいまで生きれば累計受給額は変わらないという意味で、繰り下げ制度は「財政中立」になるように設計されている。しかし、それでは不十分とする主張である。

「このほか、厚生年金の加入可能年齢を、現行の『70歳まで』から『75歳まで』に延ばさなかったことも、制度を使いにくいものにする一因になると思っています。繰り下げ待機中は、働きながら保険料を納めて年金を増額させていくのが筋だと思いますが、この制度では70歳以降は単に待っているだけの期間になってしまいます」(三宅氏)

 どうやら70歳以上の繰り下げは、制度的に突っ込みどころが多いようだ。

「結果として、制度はつくってみたものの利用者がほとんどいない、ということにならないか、心配しているんです」(同)

 では現実問題として、70歳以上の繰り下げを利用する人はいるのか。

 成功者である冒頭の澤木さんによると、繰り下げは「健康」「仕事」「蓄え」の三拍子がそろって初めてできることだという。

「待機生活を問題なく過ごすには、この三つが欠かせません。例えば、健康は毎年の健康診断や普段の運動だけでなく、自分の家が長寿家系かどうかも調べるべきです。私の場合、母が101歳まで生きたことが『長生きできる』という自信につながっています」

 そして健康は、三宅氏が指摘した「元が取れるまで生きられるか」に直結する。

「(平均寿命などを見ると)男性は元が取れる可能性が高くないのです。だから70歳以上は勧められない。逆に女性は有望ですよ。60歳時点での平均余命が29年もありますから」(澤木さん)

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