「誰かとお付き合いをしていて、将来を考えるようになると、いつも弟のことが頭をよぎってしまうんです。もう、結婚はしないかもしれませんね」(同)

 そんな美奈さんの気持ちを、両親や弟は知っているのだろうか。何かしら将来のことは考えてくれているのでは?と言うと、美奈さんは首を振りながらこう言った。

「母親に、『これから先どうするつもり?』って聞いたんです。そうしたら、『大丈夫、私が慎吾より長生きするから』だって。楽天的すぎますよね」

■    仲がいいのは無害? 「何もしない」という選択の末路

 筆者は多くの引きこもりの家庭を取材したが、今回のように親が何も手を打たなかったという家庭は珍しい。多くは、なんとかわが子を自立させようと、公的、民間含めてさまざまなサポートを求めて奔走するものだ。

「自立してほしい」という親の切なる願いは、当事者にとってプレッシャーとなる。解決を急ぐ過程で、関係が悪くなり、長期化すると親子ともに精神的に追い詰められてしまうことも。説得してサポート団体の寮などに入れるには大変なエネルギーと費用が必要で、社会復帰には時間がかかる。

 花村家では、「何もしない」という選択をして、あるがままの息子を受け入れた。その結果、いまは平和な日々を送ることができている。

 このまま波風を立てないことが幸せ……。

 筆者は話を聞いていると、深刻な中にも家族の絆が感じられて、しみじみとしてしまった。こんな生き方だって認められていいのかも。女性なら、「家事手伝い」として堂々と家にいる人だっているではないか。

 いやしかし、「勤労」は日本人の三大義務の一つだ。それに、何よりも将来が不安だ。現在、5年以上引きこもっている人は、日本中に100万人以上いるといわれている。きょうだい数の平均がだいたい1.7人とすると、70万人くらいの「引きこもりのきょうだい」がいることになる。

 家族の形がさまざまだから、引きこもりの解決策もひとつではない。誰でも、自分の生き方を選ぶ自由がある。ただし、それが家族の誰かに犠牲や我慢を強いるようなことになってはならない。

 誰にも先のことはわからないし、花村家も、危機に陥ることなくこのまま逃げ切れるのかもしれない。ただし、もし「生活が立ち行かない」となったとき、ブランクが長ければ長いほど社会復帰は難しい。

 完全な引きこもりではなく、何らか社会とのつながりを持ちながら、折り合いをつけながら生きていく道が、慎吾さんにも見つかるといいと、願わずにはいられない。(取材・文/臼井美伸)

臼井美伸(うすい・みのぶ)/1965年長崎県佐世保市出身。津田塾大学英文学科卒業。出版社にて生活情報誌の編集を経験したのち、独立。実用書の編集や執筆を手掛けるかたわら、ライフワークとして、家族関係や女性の生き方についての取材を続けている。株式会社ペンギン企画室代表。http://40s-style-magazine.com
『「大人の引きこもり」見えない子どもと暮らす母親たち』(育鵬社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4594085687/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_fJ-iFbNRFF3CW