行く当てもないまま、鞄(かばん)一つで東京に出てきてネットカフェで暮らした。やがて貯金も底をつき、ホームレスの人が多いと聞いた上野に。親からは子どもの時にDVを受けていたので、連絡は取りたくないという。
何より堪(こた)えるのは寒さだ。昼間はまだいいが、夕方になるとグッと冷え込み、夜は寝ることもできない。工場で働いている時に右の手のひらをけがし、寒くなると痺(しび)れてくる。その手をさすりながら、こう言った。
「このままだと寒さで死んでしまう。何とかしたいと思いますが、住む家がないのがこんなにつらいとは思いませんでした」
先の吉水さんによると、上野公園のホームレスの人たちが置かれた状況は厳しくなっているという。夏ごろ、ホームレスの人が寝泊まりする公園の片隅にカラーコーンとバーが置かれ、その一角に立ち入ることができなくなった。吉水さんは言う。
「居場所がなく公園に来ている人たちを、またどこかに追いやろうとしているのだと思います」
なぜ、この場所だけ立ち入り禁止としたのか。公園を管理する東京都の東部公園緑地事務所は、理由をこう説明する。
「公園は、レクリエーションや散歩など一時的に使用する目的で使うもので、生活の拠点として用いる場所ではありません。注意喚起したのは、その場所にそういう利用をする人が多く見られるためです」
■人権への配慮が欠ける
しかし、と吉水さんは厳しく批判する。
「公園から追い出したところで何の解決にもなりません。福祉は何のためにあるのか。役所の対応は、人権への配慮が欠けています」
誰もなりたくてホームレスになる人はいない。自分の努力だけではどうにもならなくなるからだ。『JR上野駅公園口』のカズさんも、家族を失い孤独を抱え、たどり着いたのが上野公園だった。社会が抱える矛盾や差別、貧困が、コロナ禍で再びあぶり出されているかのようで胸が締めつけられる。
公園はイチョウの見ごろを迎えていた。冬の陽光が木々に降り注ぎ、樹下をじゅうたんのように黄色く染めている。それを見ていたホームレスの男性(60代)がつぶやいた。
「きれいだよね」
屈託のない笑顔に救われた。(編集部・野村昌二)
※AERA 2020年12月28日-2021年1月4日合併号より抜粋