「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第39回は、コロナ禍の冬のローカル線の旅。
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雪の北陸を歩いた。出雲崎、市振、金沢、小松、敦賀……。芭蕉が江戸時代に歩いた道を辿る旅を続けている。日本海に沿った道筋である。毎日、目にしていたのは、荒れた鈍色の海だった。
どこも重い雪に埋まっていた。首都圏と新潟を結ぶ関越自動車道にドカ雪が降り、1000台を超える車が閉じ込められているニュースがテレビから流れていた。
新潟でひとりの老人に会った。もう80歳近い。彼はこんなことをいった。
「関越の車は大変だけど、大雪が降って、今年はホッとした気分があるんだよ。これで皆、家に閉じこもる。新型コロナウイルスの感染が収まっていくからね。このあたりは、GoToトラベルの停止や飲食店の営業時間の短縮より、大雪のほうが効果がある。いつもは雪が降ると、雪おろしはどうしよう……とか陰鬱な気分になっていたけど」
日本海岸の感染者数は多くない。感染者数は、季節のなかで、日本海側と太平洋側の差をますます広げていきそうだ。
ローカル線の旅である。北陸新幹線が開通し、かつてのJR在来線は第3セクターのいくつかの会社の運営になった。「えちごトキめき鉄道」、「日本海ひすいライン」、「あいの風とやま鉄道」……。漢字の使い方ぐらいは統一してほしいと思うような名前の路線を乗り継いでいく。
各駅停車のローカル線だからスピードは遅い。いくら速く走っても時速100キロ未満。降る雪を目視できる。遠くは白くかすんでしまうのだが、線路際に落ちる雪の粒が見えるのだ。
ボックス席の窓側に座り、そんな雪景色をぼんやりと眺める。ときおり停まる無人駅でもドアが開く。通常なら車内の温度をさげないために、ボタンを押さないと開かないのだが、新型コロナウイルス対策である。