お客の中に西宮から来たみかりん(わたしの親友のよめ。麻雀がめちゃくちゃ強い)と、その友だちのS子さんがいたから、わたしが応対した。遠いところをありがとうございます、と挨拶して、ふたりを上階の喫茶店に誘った。コーヒーを飲みながらお喋りをする。おもしろかったのは、みかりんが四十回、S子さんが三十回近い見合いをした話だった。
「ほとんど毎週のように、あっちのホテル、こっちのレストランで食事をしたから、嘘のグルメになった」と、みかりん。「しかし、見合いの席でパクパク食えるんか」「釣書(つりがき)でだいたいのことは分かってるもん。相手をひと目見て、これはダメやなと思ったら、あとは食べるだけでしょ」「ということは、片っ端から断ってたんや」
わたしはよめはんと学生結婚をした。美大の四回生のころ、京都東山で同棲をはじめたのだが、ある日、母親が下宿に来て、干してあるよめはんのパンツを見た。母親は黙って大阪に帰り、わたしはよめはんと相談して結婚することに決めた。ふたりとも二十三歳の春だった──。
「おれは来年、金婚式なんやで」「でもよかったね。ハニャコちゃんといっしょになれて」「そう、それがおれの人生最大のラッキーやったな」ここですかさずうなずくのがわたしの処世だ。
画廊にもどると、三十人ほどのお客がいた。わたしの友だちも多くいるから近況を聞く。みんな老人だから、病気がどうの、薬がこうのと、不景気な話になる。「暇なときは麻雀でもしようや」誘ったが、だれひとり乗ってこなかった。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2021年2月5日号