東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 今年のGWもステイホームで終わった。ただし昨年とは大きく違った点がある。国民と政府の信頼関係だ。

 4連休最終日の5日、政府が4都府県での緊急事態宣言の延長を調整していることが報道された。予測していた国民は多いだろう。今回の宣言はバタバタで発せられており、出口も示されていない。九州ではここにきて感染者が増え始めた。延長期間は2週間から1カ月といわれるが、それで解除できるかどうかも怪しい。

 国民はこの場当たり的な対応に心底うんざりしている。今回の宣言では人流抑制も感染者数減も効果が限定されている。一部専門家はそれを非難しメディアも追随するが、国民のほうもバカではない。彼らは今回の宣言が短期で終わらないことを見抜いている。だとすれば日常を続けるのは当然のことだ。国民は危険に無知なのではない。「今だけ我慢」という言葉を信用していないだけである。

 日本はワクチン接種が遅れている。集団免疫の獲得は来年以降だろう。変異株も広がってきた。社会は病院ではない。国民も患者ではない。人流抑制には限界がある。

 だとすればコロナ病床の拡大しか選択肢がないはずだ。にもかかわらずなぜか正面から議論されない。病床拡大は「命の選択」につながる、だから自粛しかないという情緒的な報道が相次いでいる。いま日本は緊急事態にある。冷酷だが平時に救えた命が救えなくなることもあろう。有事には医療も変わる必要がある。制度の歪(ゆが)みを正す好機でもある。

 コロナ流行から1年以上が経っている。そのあいだ各国は制度面でも対応を進めてきた。たとえば英国は、ボランティアが医療資格なしにワクチン接種ができるように法改正を終えている。他方で日本はなにをやってきたのか。

 緊急事態宣言発令を控えた4月23日、小池百合子都知事は午後8時以降の都内の広告照明を消すように要請すると発表した。28日には、同居家族以外との飲酒は自宅でも慎むように求めた。もはやコメディーだ。自粛キャンペーンのうえに胡座(あぐら)をかいてきた日本政治の末路がこれである。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2021年5月17日号