「新しいものがかからなくなった分、レイトショーに夜中に行かなくなって。そうしたら体が楽だと気づいたんです。それまでの私は、新しいものを必死に追いかけすぎていたのかもしれないな、と。映画館がどこも開いていない時期、心は寂しいけれど、体は軽かった(笑)。もう映画を情報みたいに扱うのはやめようと思いました」

 自分の体験を、表情豊かに話す姿は、とにかく年齢不詳。30代と言われても信じられるし、白髪のカツラを被れば、おばあさん役も似合いそうだ。

「若く見えることは、逆に今の私の悩みです。もう60歳になるのに、いまだに『行き遅れちゃった』みたいなニュアンスの役が来たりして(笑)。おばあさんの役もやってますけど、もっとちゃんと60歳の見た目になりたいです。もっと老けて見えたほうが役の幅は広がると思うんですけどね」

 結婚することもなく、母になることもなく。社会における役割が大して変化しないまま、年齢を重ねてきた。「責任を押し付けられないから、中身もあまり成長していない」ことも自覚している。

「不良でもなく、単なる変人……というか。気ままに生きるヘンな大人として生き残っているわけですが(笑)、年齢を重ねて、気持ちはどんどん楽になっていますね。『もういいよ、もう諦めた。私の変なところが出ちゃうなら出ちゃっていい』とか。そんな感じです(笑)。私が好きに生きていくことによって、『あの人がいるんだからいいか』と思ってもらえるようなことがあったら、嬉しいですが……」

 新作珍作と焦って映画を観ることはやめたが、今でも、時間があるときはすぐ映画館に行って、そのときにかかっている映画を観ることが、最高の贅沢だ。近くにあるキネカ大森にも、映画を観なくても、週に1回は必ず顔を出す。映画館にはいつも顔なじみの笑顔がある。片桐さんにとって一番居心地がいい場所なのだ。(菊地陽子 構成/長沢明)

片桐はいり(かたぎり・はいり)/1963年、東京都生まれ。成蹊大学卒業。俳優として舞台、映画、テレビなど幅広く活躍。主な出演作に、舞台「ベンチャーズの夜」「マシーン日記」「R2C2」「異邦人」「小野寺の弟・小野寺の姉」、映画「かもめ食堂」「私をくいとめて」、著書に『わたしのマトカ』『グアテマラの弟』『もぎりよ今夜も有難う』など。

週刊朝日  2021年6月4日号より抜粋