平成にはもうひとり天才的な姑がいました。野際陽子さんです。野際さんが姑役を演じた作品は、『渡鬼』とはまた違った趣で、平成のTBSドラマを牽引しました。今も語り継がれる「冬彦さん」でお馴染みの『ずっとあなたが好きだった』(92年)で、賀来千香子さん演じる嫁を虐め抜く冷酷な姑役で、才能を開花させた野際さん。その後も『ダブル・キッチン』では山口智子さんを、『長男の嫁』では浅野ゆう子さんを、『私の運命』では坂井真紀さんを、『理想の結婚』では常盤貴子さんを、『地獄の沙汰もヨメ次第』では江角マキコさんを相手(嫁役)に、野際さんが確立した姑像(他にも多数)は、家族や男女の概念が大きく変化しようとしていた時代において、「個人主義だの多様性だのにあかせて蔑(ないがし)ろにしてはならない礼節や忍耐」を教えてくれたように思います。
ちなみに今まで観た最強にして最恐の姑は、『おしん』(83~84年)で主人公の姑役を演じた高森和子さん。多くのドラマファンの間でも、彼女を超える鬼姑はいないと言われる歴史的名演。どんな難局も乗り越えてきた「おしん」が、夫の実家(佐賀)で姑による情け容赦ない嫁いびりを受け、機能停止状態に陥るこの「地獄の佐賀編」は、正直観ている側の心も削られるほどの悲惨さでした。しかし気づくとまた、高森さんの強烈な佐賀弁に耳と心を寄せてみたくなってしまうのは、もはや「鬼姑」そのものがファンタジーになりつつある証拠なのかもしれません。「どがん疲れたけんて、男におしめば洗わすってなんて、女子(おなご)のすっこつじゃなかろうが(いくら疲れたからって、男にオムツ洗わすなんて、女のすることじゃないでしょうに)」。どう考えても完全にファンタジーです。
ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する
※週刊朝日 2021年7月9日号