東京都内の小田急線車内で乗客10人を刺傷し、殺人未遂容疑で逮捕された対馬悠介容疑者(36)。事件後、「勝ち組と思われる女性を見ると、殺したくなった」などと話し、重症を負わせた20代女子学生に対して「勝ち組の典型にみえた」と供述したことが報じられた。社会学者の上野千鶴子さんは、女性嫌悪の「ミソジニー」が事件の背景に潜んでいると指摘する。対馬容疑者の言動から垣間見える事件の本質を上野さんに語ってもらった。
【写真】「けが人を搬送します」事件直後、騒然となる駅構内の様子
* * *
8月6日夜、事件発生直後の速報では、最初に狙われた被害者が女性であることをはっきり報じていなかったのを覚えています。電車の中で複数の乗客が男に刺されたとして、無差別刺傷事件をうかがわせる内容だったと記憶しています。プライバシーに配慮して性別や年齢を伏せたのか、事情はわかりませんが、フェミニストのネットワークでは直ぐに被害者は女性であるという情報が飛び交い、後の報道でも「20代女子学生」が狙われたと明らかにされていきました。
犯行が無差別だった場合と女性を狙った場合では、事件の解釈や社会の受け止め方も変わってきます。
この事件で私の頭に浮かんだのは、韓国の「江南(カンナム)ミソジニー殺人事件」です。2016年5月17日深夜1時、ソウルの江南駅近くにある建物の男女共用トイレで、23歳の女性が、面識のない34歳の男に刺し殺されました。個室トイレに潜んでいた男は、女性が来る前にトイレに入ってきた男性たちは犯行対象とせず、女性が来るまでじっと待っていたのです。犯行の動機を「女たちが自分を無視したから」と供述しました。狙いが女性だったことから、韓国のフェミニズムに火が付いた重大な事件となりました。
韓国では、はじめ、「変質者」による犯行と警察が発表していました。変質者だから、誰が狙われるかわからないというような論調だったのが、女性を狙った犯行であることがはっきりわかってくると、女性たちは「ミソジニー殺人」として再定義したのです。「ミソジニー」とは、男性による「女性嫌悪」を意味します。事件の概念を「変質者」から「ミソジニー」にリフレイミングすることで、問題を明確に浮かび上がらせたのです。