ただ、軍部も米国と戦争をしたいわけではない。自衛隊の元幹部は「どの国もそうだが、軍はみな保守的で無謀な戦いは仕掛けない。軍が国を支えているという自負はあるから軍事力はアピールするが、戦争をするかどうかの判断とは別の問題だ」と語る。北朝鮮研究者の一人は「現在の北朝鮮軍は自分たちの権益を守るため、声高に強硬論を唱えているように見える」と語る。既得権益を守るのが目的だから、戦争のような大バクチには出ない。
■もはや“エンドゲーム”
北朝鮮が9月15日に行った「鉄道機動ミサイル連隊」の射撃訓練もその一つだ。列車は輸送力が高い半面、レールや鉄橋を破壊されたら使えない。発射後の逃走経路の割り出しも簡単で、反撃に遭いやすい。アピールばかりで、本気で戦争を考えていない証拠だろう。正恩氏は父・金正日氏が唱えた軍が全てに優先するとした「先軍政治」を改め、党に権力を集中させようとした。だが、現時点では失敗に終わったように見える。
10月15日に全国順次公開されるドキュメンタリー映画「THE MOLE(ザ・モール)」では、民間人が化けた偽の投資家に、北朝鮮が必死で武器輸出を持ちかけるシーンが出てくる。マッツ・ブリュガー監督は「北朝鮮は武器が売れなくて苦しんでいる。個人的にエンドゲーム(大詰め)に来ていると思う」と語る。
北朝鮮は12月に正恩氏の最高司令官就任10周年、来年2月に金正日総書記生誕80周年、4月に金日成主席生誕110周年といった節目の行事が控えている。北朝鮮は今、新たに打ち出した経済5カ年計画の初年度目標の無条件貫徹を叫んでいるが、祝賀行事が重なれば市民の動員も増えることから、逆に不満は高まらざるを得ない。
■痩せて“強い意志”示す
正恩氏は最近、体重を数十キロ落とし、面変わりした。7月末の会議で大きな絆創膏(ばんそうこう)を貼っていた後頭部の傷痕を隠すため、極端に刈り上げた髪形も変えた。あまりの変身ぶりに一部で「影武者説」も出ているが、日米韓は9月9日のパレードを閲兵したのが正恩氏本人であることを、様々な生体観察の手法を駆使して確認している。
正恩氏は権力継承時の体重が約80キロだったが、昨年までに140キロまで増えていた。原因は権力維持のストレスから逃れるための過食だとされた。持病悪化への懸念もあったかもしれないが、減量には本人の並々ならぬ強い意志が必要だ。
「強い意志」はこのままでは市民から見放され、最後は非業の死を遂げることにもなりかねないという強い恐怖感が働いた結果だと考えるのが自然だろう。
(朝日新聞記者・牧野愛博)
※AERA 2021年10月4日号