金正恩朝鮮労働党総書記が権力を継承してから12月で10年が経つ。立て続けにミサイルを発射する北朝鮮は、一体どこに向かっているのか。AERA 2021年10月4日号では、コロナ禍で揺らぐ北朝鮮の政権基盤について考察した。
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「北朝鮮はプルトニウムの取り出しやウラン濃縮などの作業を全速力で進めている」
国際原子力機関(IAEA)のグロッシー事務局長は20日、こう指摘した。北朝鮮は9月に入り、長距離巡航ミサイルや短距離弾道ミサイルを発射。国内は極度の経済不振から食糧難に陥っているという情報も伝わってくる。一部にはトランプ米大統領(当時)の「炎と怒り」発言を生み出した2017年の危機再来を懸念する声もあるが、当時と異なる点が二つある。
一つは、北朝鮮が対米非難を避けている点だ。15日の弾道ミサイル発射でも、朝鮮中央通信は「戦争抑止力の強化」と伝えるだけで、米国には触れなかった。北朝鮮軍による「グアム包囲射撃の検討」声明(17年8月)や、金正恩氏の「米本土全域が核攻撃の射程内」発言(18年1月)とは明らかに違う。
もう一つは、今年に入って正恩氏が新兵器の開発実験に立ち会っていないという事実だ。短距離弾道ミサイル発射の場合、3月は李炳哲、9月は朴正天という前現職の党軍事委員会副委員長が指導した。
■地に堕ちた“公約”
日米韓の政府関係者や専門家の話を総合すると、この違いは正恩氏の政権基盤の弱体化が招いた結果だと言える。たびたび訪朝している研究者によれば、北朝鮮内では17年当時、「正恩氏が米国と談判し、制裁を解除して巨額の利益を獲得する」と期待する声が渦巻いていた。
正恩氏は元々、権力を継承した時、「祖父の金日成は思想強国、父の金正日は軍事強国を築いた。私は経済強国を建設する」と側近に公約していた。継承直後に打ち出した、ディズニーやハリウッド映画などの文化開放策も好評だった。平壌には高層建築物が次々登場し、市場での取引も活発だった。