■小さい頃は周囲になじめず 20代まで生き方に悩む
この特例法は、他にも「18歳以上」で「生殖機能を欠いている」「結婚していない」「なりたい性別の性器に近い外観を備えている」ことのすべてを満たさなければ、性別変更は認めないと定める。世界でも異例の「厳しさ」だ。
代理人の仲岡は審判で「戸籍を変えたから、いきなりお父さんがお母さんになるわけではない。すでに女性として生きている実態に戸籍を合わせてほしいと求めているだけ。子どもが混乱するわけはなく要件は合理性を欠いている」と訴えた。
だが神戸家裁尼崎支部は20年2月、性別変更を認めれば娘の親は母2人となるとして「我が国の家族秩序とは異なる家族観を生じさせる」と申し立てを却下。大阪高裁も退けた。
21年12月の最高裁も結論は同じだったが、5人の裁判官のうち学者出身の宇賀克也だけが、この要件のような制限を設けている立法例は日本以外には見当たらず、自己同一性を保持する権利を侵害していて「違憲」とする反対意見を書いた。
最高裁で反対意見を引き出すことは大きな成果だ。決定後、「大きな一歩ですね」。電話でそう伝えると、仲岡は「でも変わらなかったからね」と悔しさをにじませ「私は勝つまで何度でも闘いますよ」と言い切った。
一度引き受けた依頼は、とことん闘う。だが、この強さは生きてきた中で身につけたものだ。
堺市で男の子として生まれたが、小さいころから、周囲とはなじめなかった。
「今でも内向的だし、アトピーをからかわれたこともあって自己肯定感は低かったですよ」
思春期になっても、男子同士で交わす「○○ちゃんがかわいい」「クラスのなかで誰が好き?」という会話がピンと来なかった。
「『あいつおかしいぞ』と思われるのが嫌で、適当に『社会科の先生かなぁ』とか答えて、『熟女好き』キャラを演じていたこともあります。当時は男の子は女の子と恋愛するのが当たり前だと思い込まされてましたから」