物事を断定しない感じや、本当に思っていることしか口にしない性分は、柄本さんの息子である佑さんや時生さん、ひいては、同じ事務所所属の江口のりこさんにも、受け継がれているように見える。柄本さん周りの俳優たちは、気持ちがいいほど媚がない。だから、「仕事が楽しい」「やりがいがある」なんてことは、軽々しく口にしない。
「僕らが最初に劇団を始めたときは、アマチュアだったし、自分たちがバイトした金で小屋を借りてやったりするわけですよ。そんなのが、ちょっと人気が出たりなんかすると、ちゃんとしたビジネスとしての仕事が来たりする。それがいいんだか悪いんだかわからないけど、要するにテレビとか映画のような映像の場合、いちおう経済の仕組みにのっとって動いているわけじゃないですか。でも我々が劇団でやってることは、別に経済が発生するわけじゃなくて、『好きだからやってる』。ただそれだけ。経済が発生しちゃうとそれはもう仕事だから。楽しくても楽しくなくても、とにかく一生懸命やらなくちゃいけないんです。『仕事は楽しいですか?』とか聞かれて困るのは、そういうところですね。好きなことを仕事にするっていうのは、そんなに単純なもんじゃない」
■才能って言葉は好きじゃない
柄本さんが、日本を代表する怪優であり名優であることは誰もが認めるところだが、柄本さん自身、役者の仕事に関しては、続ければ続けるほど難しさを感じている。
「セリフを覚えるのが、本当に大変ですね。昔からセリフ覚えはよくなかったけど、続ければ続けるほど、他人が書いた、自分の言葉じゃないセリフを、自分のものにする大変さがどんどん身に染みてきます。若い頃は勢いだけで、何も考えずにやっていても、年をとると、『自分は本当は何もできていなかったんだな』ってことに気づきます。昔よりも、いろんなものが見えてきた分、まじめに言葉と闘わなくちゃいけなくなるんです」
「才能って言葉が好きじゃない」という柄本さんは、自分に役者の才能があると思ったことはない。
「それでも人間には、それぞれ能力があって、それぞれに力を発揮できる場所があるような気がしなくもない。そのぐらいの希望は持たないわけじゃないけど、役者で『すごいなぁ』って思う人は、本当に、舞台に出ただけで、パッと目が行っちゃうんです。藤山直美さんなんてとくにそうで、あそこまですごいと、『才能を開花させるどころのレベルじゃないよなぁ』って思う。あんな才能には遠く及ばない俺たちは、『役者は浮草稼業』と思って、いつまで続けられるかは、世間に決めてもらえばいいのかな、と。今まで役者を続けてこられたのは、まぁ、運が良かったとしか言えないよね」
(菊地陽子 構成/長沢明)
※週刊朝日 2022年10月14・21日合併号より抜粋