■祖国の惨状伝える任務
筆者はあえて聞いた。
「あなたは文化・芸術を生業とするキュレーターである。武器や兵士を戦地に送ることは、本分から離れて戦争の加担に繋(つな)がるとは考えなかったのか」
アレクもヴィオラも瞬時に気色ばんで声をそろえた。
「そういう質問はこの戦争を知らないからできるのです。無抵抗の民間人を殺し続ける明らかな侵略攻撃に対して、戦う兵隊を送ることに何ら、躊躇(ちゅうちょ)することはありません」
軍事輸送を担ったアレクは、では俺の本当の仕事を見てほしいと言った。それが7月4日、反戦平和のために主催したカルシュのコンサートだった。志願兵を国境に送り続けていたころに企画されたものだ。
アレクの計らいで、終演後にフロントマンのオレグ・プシウクに話を聞いた。
リーダーはトレードマークのピンクの帽子を揺らして語った。「知っての通り、今、ウクライナでは60歳以下の青年男子は、兵役が義務となって国外に出られない。でも俺たちは5月のユーロビジョンの決勝も特別許可をもらって出場した。そして今はウクライナの惨状を知ってもらう任務のために海外公演に出ている。オランダ、イタリア、スペイン、イスラエル……、すべての国で優しく受け入れてもらった。祖国では、皆が銃を持って戦っているというのに」
忸怩(じくじ)が滲(にじ)んだ。カルシュの公演スケジュールは年内もびっしりと埋まっている。
「それだけ停戦が遠いということ。いつも思っている。観客には楽しんでもらいたい。ただ侵略されているウクライナを忘れないでほしい。ライブのあとは複雑な気持ちになる。これも自分の戦いだと思っている」
アレクもオレグも深い葛藤の中にいる。(ジャーナリスト・木村元彦)
※AERA 2022年8月29日号